【特集2】自由化時代のエネルギーインフラ考 日米電力危機に学ぶ安定供給対策

2021年6月3日

今冬の需給ひっ迫など、想定外の事態が起きている日本のエネルギー事情。無資源国・日本の事情や今後の課題事項について、危機感を抱く金田武司氏の寄稿を掲載する。

【寄稿】金田武司/ユニバーサルエネルギー研究所代表学准教授

2021年はコロナ禍の年明けであった。毎日世界の新型コロナウイルスによる経済・医療・人命に関わる危機的状況が報道されている。また、今年は10年に一度という大寒波に襲われての年明けでもあった。日本だけではない。特に米国テキサス州の大寒波は大きなニュースとして伝えられた。この世界的大寒波は気候変動の一つの現れであるともいわれるが、コロナ同様、エネルギーの世界では想定外の事態を引き起こした。エネルギー資源のないわが国が改めてエネルギーの安定供給の重要性を認識した大事件でもあった。

21年の日本。電力需給ひっ迫の危機的状況で始まった。年末12月下旬から大寒波が襲い、前代未聞の事態となった。大手電力会社で構成される電気事業連合会は家庭、企業に節電を呼び掛け、関西電力では需要が供給力の99%に達するという異常ぶりだった。

しかも全国がほぼ同時に危機的状況に襲われていた。豪雪で身動きが取れない自動車が北陸自動車道に閉じ込められた映像はショッキングだったが、影響は目に見えるものにとどまらなかった。

国内では安価な余剰電力を小売り事業者が積極的に活用しようとする市場(日本卸電力市場)が存在する。全国的に同時にひっ迫が起きる事態を、このシステムは想定していない。日本のどこかに余剰が発生していればそれを安価に調達することが期待され、通常は期待通りの機能を果たしている。

しかし、今回は異なった。国内600社以上の新電力と呼ばれる多くは、大手の電力会社のような発電所、送電線などのエネルギーインフラを持たず大手の電力会社などから余剰電力などを高圧電力で安価に仕入れ、一般家庭へ低電圧で切り売りするというビジネスモデルである。新電力が供給する安価なはずだった電気は、市場価格で決まるので、需給ひっ迫時では当然高騰する。市場原理は安価での供給を保証するものではない。高騰すればコストを新電力が被るか、利用者に転嫁される。

後者の場合、電気代が急騰し、数倍に跳ね上がった事例が発生している。自由化・市場原理の下では高額でも購入する人が一部でもいる限り急騰することもあるという当たり前のことを証明した。

そして多くの場合、最も被害を受けるのはリスクヘッジできない一般家庭である。

LNG急騰の原因 無資源国・日本の悲劇

この原因は何か。前述の通り大寒波は需要急増を引き起こしたが、供給面でも日本の脆弱性が露呈したといえる。原子力発電所が停止している日本の電力供給は約4割を液化天然ガス(LNG)が支えているが、そのタンカーが日本に到着しない、できないことが大きな要因であった。LNGは極低温で輸送、貯蔵されることから長期間貯蔵できない上に、この供給に大きな問題が発生した。

自由化は世界全体の傾向であり、結果的に自由競争は世界の中で不足した燃料を「取り合う」こととなる。今回も例外ではない。世界で需要が高まる特定の資源の調達が困難となる背景には中国、韓国のLNG需要急増がある。しかも、日本へのLNG供給の大動脈ともいえるパナマ運河でのタンカー渋滞が事態を悪化させた。パナマ運河を通行する船員へのPCR検査に時間を要して通過に時間がかったともいわれている。

さて、LNGも電力と類似している。日本のようなLNGの大口需要家は10~15年という長期契約で安定した価格での購入を基本とするが、それでも一時的に今回のように不足することもある。そのときは時価(スポット価格)で購入することとなるが世界的に需要が急増していることから、今回スポット価格も急騰し、通常100万BTU(英国熱量単位)当たり4ドル程度だったものが28ドルまで急騰した。多くの場合、世界的なエネルギー価格の急騰が生じたときに、最も被害を受けるのは資源のない日本である。

テキサス州大停電の教訓 どうなる日本のインフラ

日本での電力の需給ひっ迫状況が収まりつつあった翌2月。今度は米国テキサス州で大規模停電が発生した。この内容も日本にとって教訓となるものであった。

テキサス州は米国最大の天然ガスの産地であり、LNGに加工され、日本の電力安定供給にも貢献している。テキサスにはこのような「地の利」がある。加えて、米国南部に位置する温暖な地域として知られ、大寒波とはおよそ無縁な場所だったはずが、雪に閉ざされたヒューストンの映像に世界中が驚いた。経済活動も盛んであり経済規模としてロシア、韓国を上回る。

テキサス州はまた、天然ガスが豊富にあることから発電は天然ガス火力に大きく依存してきた。その電力供給は日本同様に地域ごとに独立し、他地域からの電力供給に限りがあるため、不足したときに外からの助けが期待できない構造的な特徴を持っている。また、近年風力開発に力を注ぎ地域内の電力の4分の1程度を風力発電に依存していたという。そして、テキサス州は電力自由化が米国国内で最も進んだ地域でもある。

そんな同地で一般家庭の電気代が月170万円にもなり、大停電に陥るシナリオを誰が予想できたか。大寒波は風力発電タービンを凍結させ、電力供給が需要に追い付かない事態を引き起こした。

従来、日本はエネルギー輸入先の多様化、エネルギー資源の多様化などさまざまな対策を取ってきた。しかし、今改めて「貯蔵可能なエネルギー資源」という視点からのエネルギーミックスを議論する必要性がある。例えば、石炭や原子力は貯蔵の面からエネルギー途絶に対する有効な対策である。

また、中国、韓国および米国などでLNGの需要が急拡大している中で、日本の安定調達をいかに進めるか。さらに、ホルムズ海峡でのタンカー襲撃、マラッカ海峡での武装強奪、南沙諸島の中国の軍事拠点化、パナマ運河でのタンカー渋滞など近年生じていることは決して一過性のものではない。多くの場合、船(タンカー)だけを頼りとする日本独自のリスクである。石炭、原子力を仮に手放していくとしたら、日本へのサプライチェーンの確保という面からは船以外のエネルギーインフラ、例えば天然ガスパイプラインなどにも目を向けざるを得ない。

日本経済、日本人の生活は海外からの燃料輸入に全面的に依存している。エネルギー自立への取り組みは第2次世界大戦の反省に基づく日本の宿題でもある。地球温暖化への対策とともに、この問題にどう応えるか。いまや喫緊の課題でもある。

かねだ・たけし  東京工業大学大学院総合理工学研究科エネルギー科学専攻博士課程修了(工学博士)。三菱総合研究所入所後、エネルギー分野に携わる。2004年から現職。専門はエネルギー分析、エネルギー・環境政策。