【目安箱/6月2日】技術流失、エネルギー産業でも 防衛策を考える

2021年6月2日

「ひどい数字だ」。数年ほど前の話だ。韓国で、あるエネルギー製造施設の設計をした日本のプラント会社の技術者らが、工場の稼働データを見て頭を抱えた。日本製の機器が使われているのに、予定通りの生産ができないのだ。韓国側のクレームは激しく、訴訟になるかもしれないと日本企業側は覚悟した。

◆まだ優れる、エネルギー産業の技術力

ところが理由を調べると、配管などの建設工事がいい加減で製造に必要なガスが漏れ、故障が頻発するなど運用も乱暴だったという。客観的な数字と原因を出したところ、韓国企業側も黙った。

「日本のエネルギー企業なら『カイゼン』で、建設後に予定以上の成果を出す工場が大半だ。細かい技術力が劣ると実感した」と担当した技術者は印象を述べた。

日本の経済力、産業の衰退が叫ばれて久しい。ところが、今でもインフラ産業、特にエネルギーの領域で、日本の企業は、世界最高水準の技術を持っている。どの指標でも、効率性、事故率は低い。原子力産業でも、東電の福島事故までは、製造でも安全性でも、世界のトップにあった。

しかし、心配することがある。その技術の流失だ。

◆「ブーメラン効果」を早めるな

筆者は2015年に、台湾での電力独占事業者である台湾電力のプラントを見た経験がある。プラントの構造、運営、そして広報の仕組み、研究所の様子が、日本の原発事故前の東京電力によく似ていた。

1970〜80年代に台湾は世界の主要国が本土を支配する中華人民共和国と国交を樹立したために、外交的に孤立した。そのために民間の技術導入も手間が掛かるようになった。同社社員によると、その苦境を見た東京電力の平岩外四氏(1914〜2007、東電社長1976〜1984)ら経営陣が、台湾電力の社員を受け入れて東電の技術を教え、その人らがその後の同社の発展を支えたという。それが会社の雰囲気の類似につながったらしい。台湾電力の社員は東電に感謝を述べていた。

日本に帰って東電OBに聞いた。平岩氏は経団連会長を務めるなどの財界の大物で、中共の政権との関係も良好だった。また当時は日中友好ムードがあった。東電は中共の電力事業にも協力していたので、台湾電力を支援しても特に問題にはならなかったという。東電は韓国電力にも技術提供をしていたが、70年代から韓国は国内化を進め、台湾より関係が少なくなった。東電は外交も民間の立場から担っており、同社の存在感の大きさを改めて認識した。

平岩氏の世代の日本人は太平洋戦争という不幸な歴史を経験し、アジア諸国への贖罪の意識があったのかもしれない。台湾電力の人も「美談」として感謝を表明した。しかし、筆者は今を生きる世代として、「技術が日本から流失したのではないか」と、心配になった。台湾電力と東電の契約内容の詳細は不明だが、金銭にしてどれくらいの価値の技術が、台湾に流れてしまったのだろうか。

1980年代に日本の製造業は世界を席巻した。当時、各企業は、社会貢献活動の一環で、各国企業との協力や技術の提供を誇らしげに語っていた。ところが今、そうした産業が次々に、技術、生産性の産業力で逆転されている。今では造船、家電、携帯、半導体で、中国、韓国製品が、日本勢を駆逐してしまった。

後発国の産業が先発国の同種の産業の技術を吸収、改良し、その先発国の産業を技術面でも、シェアでも凌駕することは、「ブーメラン効果」と経済学・経営学で言われて頻繁に起こることだ。日本もキャッチアップの過程で欧米のメーカーの技術を学んで追い越した。ところが、日本企業は追い越される時に、「教える」というお人好しの行為や、技術流失の配慮をせず、その逆転のスピードを早めてしまったように思える。

エネルギー産業は、国内市場向け。重電・エネルギープラントは、消費者からは見えづらいインフラだ。その悪影響が目立たなかっただけなのだろう。

◆エネルギー産業の構造変化による危険

もちろんエネルギー産業も「お人好し」の行為ばかりではない。最近の気候変動対策を訴える世界潮流の中で、日本のプラントメーカーに、韓国企業から視察や共同事業の要請が増えているという。文在寅政権の脱原発政策で再エネシフトが加速して同国では補助金がかなり出るのだが、その技術が民間にないそうだ。ところが日本の重電、インフラのプラントメーカーは、戦前に源流がある会社が多く、「いわゆる徴用工」を強制連行したと韓国で政治的に糾弾されているところもある。「喧嘩を売られているのに手伝う必要はない。韓国企業からの要求を門前払いしている」と、前述の技術者は語った。緊張する日韓関係が影響している。

また途上国では、中国・韓国企業とプラント入札で競争する事案が年々増えている。「中国勢、韓国勢は、年々技術力を上げている。そしてどうも、日本企業から流失した技術も使っている」とその技術者は、技術の流失に神経を尖らせていた。こうした動きは当然とも言えよう。

しかしエネルギー産業は技術流失をしやすい、危うい経営環境に陥りつつある。特に電力会社だ。経営が地方の電力会社を中心に、慢性的に厳しい状況になりつつある。地方経済の不振、少子高齢化による需要減、そして電力自由化という複合のためだ。

日本の電気メーカーが2000年前後に業績不振からリストラをしたときに、海外メーカーに技術者が流れ、技術が流失したことがある。同じことがエネルギー産業でも起きかねないだろう。退職した技術者が海外企業に行き、苦境に直面した企業が技術をライバルに売っても、合法であるならば誰も非難できない。

◆対応策は産業そのものを元気にすることだが…

そして電力の中でも、原子力技術の流失が懸念される。原子力の技術者個人や企業を中心に今、いくつかのアプローチが外国の新興原子力企業からあるそうだ。

原子力では、炉そのものの核心部分は、各国の各社が自前技術を使う。しかし、その周辺の建設材料、工法、燃料の配置や運用などでは、1990年代まで原子炉を作り続けた日本の東芝、日立、三菱重工の三大メーカー、その関連会社が多くの知見を持っている。まだ大規模な人や技術の海外流失の話は筆者の耳には聞こえてこない。しかし原子力産業が国内でここまで停滞し、中国を中心に世界各地で原発の建設需要がある以上、自分の力を売りたいという人や企業は当然出てくるだろう。

今後の日本のエネルギー産業・関連産業、原子力産業は、海外事業に力を入れなければならない。国内では、エネルギーのどの分野も大幅な需要増は見込めない。ところが、海外で日本企業は、流失した日本の技術を持つ外国勢と戦う事になるかもしれない。

エネルギー産業の各社は、技術流失の可能性を警戒するべきだろう。特許や管理の厳格化は当然行なっているはずだろうが、それをもう一度見直してほしい。

そして、技術流失を防ぐ最良の方法は、産業そのものを発展させることだ。その技術を自分たちで使い、利益を得て技術をさらに発展させ、技術者が喜び、技術を外に持ち出したり、会社が技術を売ったりする必要のない状況を作り出すことだ。エネルギー産業の将来について国内だけを考えると先行きは厳しいが、技術を守る対応をしないと海外事業でも苦境はさらに厳しくなる。