【コラム/6月7日】国有東京電力の10年を考える〜会長人事の前に政府・経産省・財務省は、働く人に恕と展望を

2021年6月7日

飯倉 穣/エコノミスト

1,東京電力が国有化されて10年弱となる。震災後東電で働く人は、法人としての責任を抱え、様々な無理難題を克服し、賠償、廃炉、安定供給に努めてきた。第三次計画認定後4年を経た。今後の方向を考える時期に、業務、経営、需給で気になる報道が交錯した。

「東電の行政処分確定へ 規制委、テロ対策不備で」(日経2021年4月8日)、「胆力の人・小林喜光氏、会長就任へ 東電改革「最終形」託される 安全文化の再構築急務」(同5月18日)、「休止火力の稼働要請へ 電力不足 経産省が対策」(朝日5月26日)

 各記事は、業務面での規律低下、国有企業の経営体制の在り方、電力改革に伴う電力需給不安と国家管理の歪みを問いかける。改めて国有東京電力の今後の方向と経営の在り方を考える。

2,20年度東電決算が公表された(4月28日)。売上高5兆8,668億円(前年度比6%減)、営業利益1,434億円(同32%減)、経常損益1,898億円(同28%減)であった。競争とコロナ影響の販売電力量の減少を主因とする。収支推移を見れば、特別事業計画に沿った所謂「経営改革」の下で、合理化の限界、販売競争力低下、原子力稼働の遅れに加え展開力が気懸りである。

そして公表ベースでも企業経営上様々なリスクを抱えている。廃炉、政策・規制変更、競争等15項目に及ぶ。これに政府の監督・経営者・株主リスクも追加すべきかもしれない。電力自由化の下で、旧9電力は、活動制限的な行政指導を受け、競争条件の劣勢が顕著である。営業収益増は難儀であろう。今日の東電の実力は、賠償・廃炉負担抜きで売上6兆円弱、営業利益2000億円、経常利益2000億円程度である。

これまで役所主導で、分社化(ホールデイング・カンパニー制)や合弁等を実施した。また意識改革と称するガバナンス改革(委員会設置会社)や取締役会長の監督機能を強化した。これらの経営改革の効果は明瞭でない。雰囲気的に自虐性が垣間見えても、経営層の自覚、働く人の健全さ・意欲は判然としない。

3,何故こうなるのか。まず国有化の経緯とその後の政府・担当官庁の思惑が頭をよぎる。東日本大震災津波に起因した福島第一原発事故があった。震災は、原賠法3条但し書きの「異常に巨大な天災地変」であった。東電も、被災者であった。当時政府は、法の不備を包み隠し東電に事故生起者として責任を押し付けた。左派的頑固さがなく、理性的寛容さ、福島への思いが受忍した。東電は賠償、廃炉、安定供給の責任を負った。

政府は、原賠機構法を制定し、賠償に必要な資金を機構に国債交付し、機構が東電に資金交付するスキームを用意した。また東電の債務超過回避名目の出資で、国有企業(12年7月)とし、経営権を機構(政府・経産省)に奪取した。資金交付申請時の主務大臣認定の特別事業計画作成を義務付け、合理化による収益向上で東電の経営(安定供給)を図り、将来の企業価値アップによる株式売却で投資回収する姿を描いた。その責任者が、外部登用会長の役割である。そこに働く人・関係者の置かれた複雑な思いがある。

4,国有東電の在り方は、担当官庁の意向を組み込んだ特別事業計画が基本である。経産省・機構が大枠を考え、その意向に従い実務者東電が作成する。これまで主要4計画がある(11年11月、12年、14年、17年作成)。当初計画は緊急対応で資金不足対策・合理化要求・財務調査を行い、次の総合計画で経営責任追及・経営体制変更(国有化)・合理化・資産売却を求めた。政権交代後の新総合計画は、国有化後の東電に電力改革に沿った分社を指示し、廃炉・除染等で役割分担を明確にした。新々総合計画は、政府関与継続を確認し責任貫徹・収益向上を求める。各段階の会長の役割は、担当官庁の指示に従った役員・社員の監督である。

5,国有企業は、民間とどこが違うか。行政(含む政府機関)は、法律目的(法定主義)達成である。法がなければ、行為はない。又税収確保はあっても、利益創出という概念はない。民間企業の目的は、利益追求で法に反しなければ環境変化に合わせ且つ自己都合で何でも遂行可能である。

国有企業や政府機関を見ると興味深い。行政目的に沿った業務を淡々と消化する姿がある。公的使命感、ルーテイン的、規則に照らした活動が望まれる。社会的に必要な事務処理に生甲斐を見出す。問題提起は少なく改善提案も僅かである。行政の延長故、創造性は乏しく、新規業務は賦与される姿となる。業務遂行の判断は、担当官庁の指導・監督・さじ加減となる。

それらの機関の長の仕事は、目的に適った業務の適切な執行管理である。民間企業のような経営でない。働く人は、法、規則に従って行動し、裁量権は著しく少ない。逸脱は、法令違反となる。故に国有企業に多くを期待することは、お門違いかもしれない。

東電は、原賠機構法が求める賠償・廃炉業務実施のコストに見合う収入を確保する機関となった。会長の仕事は、官庁意向の尊重、判断不要で、働く人への叱咤激励であろう。

6、国有東電は、最後の一人の補償と廃炉達成まで継続する。そして安定供給と収益の確保が求められる。環境変化で資金不足になれば、努力も求められるが、政府・担当官庁・原賠機構の法的責任の枠組みで対応となる。ある意味で働く人は、寡黙の人となる

この姿が日本経済にとり良策であろうか。国有といえども、出自を踏まえた姿に戻り、公的使命感を持ちエネルギー事業を通じて国民経済に貢献することも可能である。それは時間関数的なステークホルダーの意志次第である。今のところ役所支配の対応に精一杯で働く人の意志を見てとれない。革新的経営者が就任し、東電内に事業革新者が生まれる環境を作り、民の本性に帰り政府・経産省を巻き込んでエネルギー政策をリードすることを期待したい。賠償・廃炉業務の継続と並行して、国有体制の下でも、働く人の創意工夫で効率的な経営を行い、まず配当可能な枠組みを構築してほしい。次の特別事業計画に必要なことである。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。