福島事故を機に原子力研究 安全運転の継続へ学術的に貢献

2021年8月4日

【中森文博/電力中央研究所 エネルギートランスフォーメーション研究本部 材料科学研究部門主任研究員】

なかもり・ふみひろ 大阪大学大学院で博士号を取得後、2018年入所。燃料被覆管に関する研究を行う。また、1Fの廃止措置に関する研究を東京電力HDとともに行う、原子力分野の若手第一人者。日本原子力学会若手連絡会の副会長(企画)も務める。21年7月から現職。

通常運転時における燃料被覆管や1Fの廃止措置に関する研究を行う、電中研・中森文博主任研究員

大学院から原子力の研究に足を踏み入れた中森氏にこれまでのキャリア、今後の目標を聞いた。

 一緒に頑張りませんか?――この言葉が、電力中央研究所の中森文博主任研究員が原子力技術の研究に踏み出すきっかけになった。2011年3月、舞鶴工業高等専門学校専門科で電気・制御システム工学を専攻していた中森氏は、電気・情報系の大学院への進学を考えていた。進学先を検討していた矢先に、東日本大震災、福島第一原発(1F)事故が起きた。

ほどなくして、通っていた高専で開かれた大学院の説明会に福井大学大学院原子力・エネルギー安全工学専攻の福元謙一教授(当時)が来た。事故後、原発に対する世間のイメージは悪化していた。福元教授は、中森氏らに語りかけた。「われわれも今まで見たことがない事故が起きた。今後の事故対応や、原子力発電の安全性向上など、やらなければいけないことがたくさんある。何とかしなければならない。一緒に頑張りませんか?」

「君たちの世代で課題を解決してほしい、ではなく『一緒に』という言葉に引かれたんです」。福元教授の言葉に胸を打たれた中森氏は、福井大学大学院への進学、そして原子力技術を本格的に学ぶことを決意する。

当然のように親族からは反対に遭った。しかし、工学系の仕事をしていた親戚は「文博君がこれからやろうとしていることは大切な仕事だと思う。誰かがやらなければいけない」と背中を押してくれた。最終的には父と母も応援してくれた。

大学院では、燃料に用いられるウランを使用した研究に従事した。進学し、博士号を取得した大阪大学大学院では、福島第一原発事故によって生成した可能性がある燃料デブリの物理的性質の研究を行った。

「原子力を学ぼう、と決めてからは毎日、目の前のことをこなすことに必死でした」。原子力工学を学んだバックグラウンドを持たない「新参者」だった中森氏は懸命に研究を重ねた。福井大学大学院、大阪大学大学院の教職員をはじめ、多くの学友にも恵まれたという。「やっぱり、福島第一原発事故直後に原子力を研究した最初の世代なので、とにかく学生が不足していました。その分、先生方のお時間を使い放題であり、また先生方の責任や熱意も違いました。本当に人に恵まれていたと思います」

博士号を取得した後、18年から、電力中央研究所の原子力技術研究所で主任研究員として働く。

電中研では主に二つのテーマを研究する。一つ目は、燃料被覆管の微細構造の分析。3次元アトムプローブ装置を用いて、燃料被覆管に使用されているジルコニウム(Zr)合金を原子レベルで観察・分析する。この研究では、加圧水型原子炉(PWR)の燃料被覆管として使用されているニオブ添加ジルコニウム合金の照射によるニオブ分布の変化などを明らかにした。

二つ目は過酷事故時に燃料から放出されるセシウムと材料との反応性の評価。東京電力ホールディングスとともに、福島第一原子力発電所で使用されている塗料に沈着、浸透していると考えられるセシウムの性状を検討した。廃止措置や通常運転時の継続した安全性向上に資するため、通常から事故時の燃料と材料の挙動を学術的に取り上げる。

[3次元アトムマップ]照射によって形成されたナノレベルの原子の濃化(ナノクラスター)が観察されている

安全性向上が自分の使命 1F廃止措置に決着

10年前、原子力の「げ」の字も知らなかった中森氏は、今や博士号を取得し、電中研の主任研究員を務めるなど、原子力の若手第一人者になった。研究を続けていくうちに、原子力技術に対する使命感や責任感が日に日に強くなっているという。

「修士、博士時代にアメリカやドイツに研究で滞在したり、文部科学省から研究の支援をしてもらったり、教育にお金をかけてもらいました。それに見合うよう成果を創出し、後進につなげていきたいです」。事実、博士号を取得した大阪大学大学院で所属した研究室では、原子力に携わる日本人博士学生としては中森氏が約10年ぶりの採用だった。人材不足は、11年当初よりは解消傾向であるが、原子力技術研究の裾野を広げたいと常々思っている。幸い、同研究室で博士課程に進んだ後輩も現れた。

最後に、今後の目標を聞いた。中森氏は、定年までに福島第一原発の廃止措置に決着をつけるために、研究者として成果を出し続けることを挙げた。原子力発電に関する技術の安全性を学術的に担保することが役割だという。事故後に研究者としてのキャリアを歩み始めた中森氏には、達成目標に驕る、という考えは毛頭ない。定量的な指標を定める一方で、その指標がゴールだと思わずに研究を積み重ねる。継続した安全性の向上を追い求めることが、自分の使命だと覚悟する。

中森氏は日本原子研究開発機構が主催する研究者育成事業「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業(英知事業)」のインタビューを受けた。後輩への応援メッセージには、「1Fの廃止措置の達成〜『一緒に』頑張りませんか?」と記した。「福元先生のぱくりですよ」。笑って話すその姿は、頼もしかった。