【特集2】製造工程や排水処理で活用 GHG排出量ネットゼロに躍進

2021年9月2日

【キリンビール】

キリンはビールの製造工程で20年以上前からヒートポンプを導入。培ったエンジニアリング技術を生かし、CSV先進企業を目指す。

キリンビール名古屋工場

キリングループは昨年発表した「キリングループ環境ビジョン2050」で、2050年にバリューチェーン全体の温室効果ガス(GHG)排出量をネットゼロにすると宣言。その達成に向けた戦略として、「省エネ」「再エネ拡大」「エネルギー転換」を打ち出している。

「省エネ」では、ヒートポンプ(HP)を用いた未利用排熱の活用と電化を項目に挙げる。「再エネ拡大」では、太陽光発電設備の導入を推進しながら、必要な電力を100%再エネ由来に切り替えていく計画だ。この二つを組み合わせて成果を出し、最後は「エネルギー転換」で水素技術を活用しネットゼロを目指す。

キリンビール(キリン)のHP導入は、1990年代からビール製造工程で始まった。ビールの製造工程は大きく分けて、①原料の仕込み、②発酵・貯蔵、③ろ過、④充填(じゅうてん)・包装―の4段階があり、それぞれの工程で多くの熱を使う。同社はまず仕込み段階にHPを導入した。麦汁の煮沸工程では低温の水蒸気が発生する。これを圧縮・昇温し、再び熱源として煮沸プロセスに再利用する。現在は国内の全9工場に、この排蒸気回収システムを採用。一次エネルギーの使用量を約80%削減し、GHG排出量は1工場当たり、年間のCO2換算で約1400t削減を実現した。

同社は、④の工程でもHPを導入している。加熱した麦汁は発酵のために冷却が必要なので、冷凍システムを使用する。従来は冷凍機からの排熱は、冷却塔で大気へ放出していた。この排熱を活用し、充填後に缶の結露防止のため加温する工程に再利用して、燃料の使用量を削減している。

このように燃料を削減しながらも、各工場では1日に約1800tもの蒸気を使う。19年に同社が使ったエネルギーは、電気で1億2000万kW時、都市ガスで6000万Nm。GHG排出量は合計約19万tにも上る。ネットゼロ達成に向けて、未利用排熱をいかに活用するかが大きなポイントになる。

排水加温ヒートポンプ(滋賀工場)

排水処理にHPを導入 大幅なGHG削減を実現

19年から順次導入し、大きな効果を上げているのが排水処理でのHP活用。現在、効果が見込める全工場で導入済みだ。

前述のビール製造の各工程では、それぞれ排水が発生する。排水には麦の残りかすなどの栄養分が混じるため、微生物を使って分解処理を行う。この微生物の活性を維持するには排水を一定温度に保つ必要があり、水温が下がる冬季は排水を加温しなければならない。これまで都市ガスを燃料とするボイラーでつくった蒸気で加温していた工程に、HPを導入した。

排水は1時間に約150mが20℃前後で流れ込む。これを熱交換器で30℃程度に昇温し、微生物による分解処理をする。その後約25℃に降温した排水を別の熱交換器で15℃まで下げ、放流する。この時回収した熱はHPで圧縮し再び35℃に昇温。熱交換器を通して、流入する20℃前後の排水の加温に利用する仕組みだ。

この導入で、キリン全体のGHG排出量は約3400t削減、前年比2%減に貢献した。

排水処理工程でのHP導入後フロー

工程を熟知した設計が強み CSVの先進企業に

キリンは100年以上培ってきたエンジニアリング技術を誇り、HP導入などの設計は外部の協力も得ながら、自社とキリンエンジニアリング社が中心で行う。生産本部技術部の若松隆一氏はいかにHPの台数を少なく、高効率で稼働させるかが重要だと話す。「そのためには、生産プロセスを十分に理解し、熱がどう使われているかを知らないと設計できない」。自社だからこそ全ての熱の流れを解析し、最適化する高度な設計ができると強調する。

製品の品質を守るのはもちろんのこと、HP導入が製造工程に影響を与えず、既設の工場にどのようにレイアウトすれば熱を最も効果的に使えるか、工場ごとに設計する。「HPはさまざまな温度条件で使えること、十分な性能であること、標準機器であること、GWP(地球温暖化係数)が低い冷媒であることなどを確認しながら、工場のエンジニアと導入の設計をしています」CSV(社会と経済の共通価値の創造)を思い描き、社会的価値と経済的価値の両立を目指す。ほかの工程でも電化を進め、さらにGHG排出量を減らす計画だ。

「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業になる」が、キリンが27年に目指す姿。「HPを使いこなし、ほかの飲料にも展開して世界をリードする、社会によい影響を及ぼす技術開発をしていきたい」(若松氏)。

ネットゼロの達成に向けて、GHG排出量の少ない生産システムの実現を目指し、その目標達成をHPが後押ししている。

生産本部技術部の若松隆一氏