【コラム/9月6日】幸か不幸か、エネルギー政策が政局の争点となった

2021年9月6日

福島 伸享/元衆議院議員

 10月21日の衆議院任期満了が迫る中、これを執筆している現在、菅首相が自民党総裁選への不出馬表明で事実上退陣となり、新総理を決める自民党総裁選に岸田氏が名乗りを上げ、河野太郎大臣、高市早苗氏が推薦人を確保し、石破茂氏なども立候補に向けて調整を続けている。衆議院の任期満了間近の異例の大政局となり、風雲は急を告げている。

現時点での二人の有力候補のうち、岸田氏は安倍政権時代の政調会長、河野氏は菅政権のワクチン担当大臣であるから、菅政権が国民から見放される原因となったコロナ対策は、大きな争点になりえないだろう。党内政局に敗れた菅首相は、カーボン・ニュートラルなどの自らの政権の看板を河野氏に託すようであるので、有力候補たちの争点は自ずからエネルギー政策になる。私見では、自民党内で脱原発の旗を振ってきた河野氏は、先週の週刊文春で報道された第6次エネルギー基本計画策定をめぐるパワハラもどきのやりとりに見られるように、既存のエネルギー業界や経済産業省を抵抗勢力に見立てて、先鋭的なカーボン・ニュートラル路線を主張することであろう。それに同じ神奈川県選出で、共に菅内閣を支え、記者会見で涙を浮かべて菅首相退陣を惜別した小泉環境相が、共闘する可能性も高い。

一方の岸田氏は、こうした河野氏との対立軸を掲げなければならないが、よく言えばバランス感覚があり、悪く言えば煮え切らない政治家であるため、各方面に配慮をした穏健のエネルギー政策を掲げるのではないだろうか。かつて私もやっていたように、今頃霞ヶ関の官僚たちが総裁選の公約の下書きをしている姿が思い浮かべられる。

そして、総裁選後ほどなく行われる衆議院選挙も、総裁選の争点に引きずられて、エネルギー政策となっていくであろう。自民党に対する野党は、政権の金看板に対抗するには、同様に先鋭的な政策を掲げるしかない。仮に河野政権となった場合、再生可能エネルギーの導入では新政権以上の具体的な促進策を策定することは、現在の野党の政策立案能力では無理だろうから、焦点はやはり脱原発となってくる。電力総連を抱える連合と薄皮一枚の折り合いを付けながら、脱原発に向けた自民党政権では提示できない具体策を掲げることになるであろう。岸田政権になったとしても、9月29日の総裁選から1ヶ月で菅政権と違う政策を党として策定するのは困難であろうから、この構図は変わらない。

本エネルギーフォーラムの「選挙に振り回されるエネルギー政策は問題だらけ」と題するコラム(https://energyforum.xsrv.jp/core/online-content/6137/)では、「このまま選挙でエネルギー問題については盛り上がらずに、専門家や事業者が冷静に問題を議論する状況ができればよい」という声もあるが、残念ながらそうはならない。近年の日本の政治にはあまりなかった、エネルギー政策を争点とした選挙が行われることになるだろう。

  これまで私は、このコラムや拙著『エネルギー政策は国家なり』などで、何度も原発対再生可能エネルギーの観念的な二項対立の政策論の不毛さを論じてきたが、再生可能エネルギー対脱原発の構図も同様に、いやそれ以上に不毛だ。言うまでもなく、エネルギーは絶え間なく今も国民の生活や産業を支えているものであり、国の基盤となるものであるが、近年の我が国の需給の状況の変化や供給システムの変革、国際情勢などにより、近い将来ですら我が国のエネルギー供給は安定したものではない。そうした現実の課題に、どう対応していくのかということこそが、本来のエネルギー政策の政策目的であるべきだからだ。カーボン・ニュートラルのような格好のいいスローガンを叫びながら、現実にはちょっとした気候の変動で電力の需給がひっ迫するような状況では、政治は国民のためにはたらいているとは言えない。

もとより、これまでのさまざまな選挙結果やアンケート調査が示しているように、「原子力維持か脱原発か」のような観念的なエネルギー政策は、有権者の投票行動を変えたり、促したりする要素にはなっていない。つい先日行われた東海第二原発の再稼働が争点となった私の地元の茨城県知事選挙でも、ほとんど盛り上がりがない中で再稼働反対を掲げた候補は大敗した。原発の再稼働に反対する意見は多くても、実際の投票はその1点で判断するのではなく、総合的な政策の実現可能性やその政策を掲げる政党や政治家への信頼で行われている。有権者は、現実的で冷静なのだ。東日本大震災前には積極的に原子力政策を推進しながら、原子力災害への対応に手間取り、その後脱原発を掲げるような政治勢力は、なかなか信頼を得るのは難しい。同様に、コロナ禍への対応に手間取る政権が、いくら先鋭的な再生可能エネルギー導入を掲げても、国民が何かを期待することはないだろう。

そうであるからこそ、総選挙後に政権を担う覚悟がある政党は、現時点での日本の需給の現状、エネルギー資源をめぐる地政学的条件、技術上の優劣や進歩の度合い、産業構造などを踏まえた現実的なエネルギー政策を掲げる責務がある。党勢を回復するために、誰かに「抵抗勢力」というレッテルを貼って「改革ごっこ」をする小泉政権の二の舞となってはいけない。そうなりはしないかという危惧は、私も今強く感じる。現在の日本郵政グループの有り様にみられるように、「抵抗勢力」のレッテルを貼られた業界は、その産業にとっても、消費者にとっても悲惨な状況になっている。

「政治家はエネルギーにしばらく関わらないでほしい」という声も理解できないではないが、最終的に立法行為を通じて制度を作るのが政治である以上、またその時々の内閣の基本方針や閣僚の言動が政策の方向性を大きく規定する以上、エネルギー政策と政治の間に一線を引くことはできない。しかし、政治家が一番恐れるのは、選挙での反乱だ。これまで我が国のエネルギーの安定供給に地道に尽力し続けてきた関係者、エネルギー政策の混乱で大きな経済的な影響を受ける関係者などは、身近な政治家一人一人に、現実的で責任を持ったエネルギー政策を掲げることを呼びかけていくべきだ。その上で、政党ではなく政治家個人のそれぞれの政策や行動を見極めて投票行動をする運動を起こす必要がある。

エネルギー政策が争点となる政局とは、エネルギー関係者が本気で政治的行動を起こさなければならない時なのだ。

【プロフィール】東京大学農学部卒。通商産業省(現経産省)入省。調査統計、橋本内閣での行政改革、電力・ガス・原子力政策、バイオ産業政策などに携わり、小泉内閣の内閣官房で構造改革特区の実現を果たす。2009年衆議院議員初当選。東日本大震災からの地元の復旧・復興に奔走。