【目安箱/10月1日】岸田新政権のエネルギー政策に「過激さ」消える期待

2021年10月1日

9月30日に自民党総裁選挙が行われ、岸田文雄氏が自民党の総裁に選ばれた。10月の国会で首相に選出される。近く行われる衆議院の選挙では、今の野党の低迷する状況では政権交代ともならず、岸田氏が首相を続けるだろう。

脱原発や核燃料サイクル否定など過激な政策を掲げた河野太郎氏が選ばれなかったことに、エネルギー・電力関係者には、ほっとする人も多そうだ。

エネルギー政策は安倍政権では経産省色の濃さ、菅政権での脱炭素の特徴があった。岸田政権では、どうなるのか。

勝手な推測で「床屋政談」だが、岸田政権のエネルギー政策を予想してみたい。結論を述べると、エネルギーをめぐる諸問題は「首相案件」とならず、菅政権の過激さは消えると筆者は推測をしている。

◆既存エネルギー企業に冷たい経産省と安倍政権

安倍政権では、安倍首相は政権内で経産官僚を側近とした。そのためか、経産省色が濃い政策をしてきた印象がある。特にエネルギー関係ではそうだ。「エネルギー自由化の推進」「原子力については原子力規制委員会に責任を負わせ、政権と経産省は傷を負わない形にする。しかし脱原発もしないあいまいな態度」「再エネは増加を煽る」「水素は応援」「重電プラントの輸出は促進する。特に原子力と石炭等の火力プラント」「福島事故問題は東電に責任と賠償を背負わせるが逃げ腰。東電国営化の諸問題は放置」「エネルギー、特に電力分野での新規参入企業への優遇」というものだ。

気候変動問題では、第一次政権で安倍首相は積極的だったが、第二次政権ではトーンダウンした。サミットや国際会議で、日本主導で何かをしようという意欲を見せなかった。これは京都議定書の義務達成に苦しんだ経産省の政策だ。

エネルギー外交では、LNG・石油供給は安倍外交の中でも重視された。政権中の2012年ごろからシェール革命が起きてエネルギー価格が下落する幸運も重なって、大きな問題は起きなかった。安倍首相は、外交政策では見事だった。

しかし、これらの政策は、既存エネルギー企業に負担を負わせ、原子力の衰退をもたらすものだった。自由化の混乱、電力を中心にしたエネルギー供給能力の低下、原子力の長期停止と電力会社の収益悪化は放置された。東電の経営問題も、巨額賠償を背負わせたままにしている。

菅政権は、安倍政権の路線を多くの点で継承した。しかし気候変動、脱炭素の問題では状況が変わった。菅首相は「2050年カーボンニュートラル宣言」を政権発足直後に行ない、脱炭素政策を推進した。いずれも菅首相主導だったという。過激な(しかしずれている)小泉進次郎環境大臣のいろいろな提案を容認し、また河野太郎大臣の再エネ問題への介入もそのままにした。菅首相はこれら2人を明らかに引き立てていた。

そして多くの省庁がグリーン成長戦略をめぐる政策を打ち出した。厳しい財政状況の中で、21年度予算では2兆円のグリーン投資枠まで決まった。

ただし新型コロナウイルス対策に追われ、世論も気候変動と脱炭素にそれほど関心を向けなかったのは、菅首相に気の毒な点であった。

◆総裁選で岸田氏は気候変動・エネルギー問題に関心見せず

そして岸田首相の誕生だ。

自民党総裁選では、河野氏が脱原発を明確に語ったため、エネルギー問題が注目を集めてしまった。自民党の「最新型原子力リプレース議連」が作った一覧表だが、4候補の原子力政策は明らかに差があった。

高市氏が原子力の積極的活用、岸田氏、野田氏がこれまでの自民党の政策通り消極的利用の立場のようだ。河野氏は、持論である過激な反原発、反核燃料サイクルの姿勢を鮮明にしていない。(図表参照)

自民党総裁選ではエネルギーと気候変動問題で、岸田新首相は、自民党の穏健な政策の範囲で主張を行なった。河野氏、高市氏と比較して、これら2つに大きな関心を示さなかったように思える。

岸田氏は、宏池会という派閥の長だ。岸田氏の個性も温厚。そしてこの宏池会は、伝統的に政策通議員が集まるとの評価がされているグループで、政策も経済重視で対外政策では穏健だ。

岸田氏の最近の公職は外務大臣(2012〜17年)、そして自民党政調会長(17〜19年)だ。彼は、普通の政治家並みの脱炭素、気候変動問題の対応はあったが、自ら主導した印象はない。岸田氏は、被爆地広島選出で軍縮や他国間の協調活動、アジア外交に積極的だった。しかし気候変動をめぐる外交交渉には、個人で乗り出さなかった。官邸と協調しながら、エネルギー外交を進めていた。この時期、外務省が組織として、存在感を増すために、役所として気候変動問題で積極的になっていた。

さらに岸田氏は総裁選の出馬会見では、新型コロナウイルスの感染防止策や景気浮揚策、新自由主義批判と分配、地方創生、デジタル活用の強調をした。しかし気候変動やエネルギー問題、エネルギーの自由化の功罪について自ら言及しなかった。菅政権の「グリーンイノベーション」という目玉政策への言及は、この会見、そしてその後の総裁選の論戦でも、出てこなかった。原子力問題も、積極的な活用策も、脱原発も打ち出さなかった。この点で、気候変動と原子力に関心を示した河野氏と違った。

◆過激さは消えるが、まだ不透明さも

もちろん、岸田政権でのエネルギー政策は政治状況の変化や、人事で変わっていくだろう。ただし、総裁選での発言やこれまでの行動をみると、岸田新首相は、脱炭素の路線にストップをかけることはしないものの、積極的な旗振りもないと思われる。また岸田氏を支持した重鎮議員は、甘利明氏、額賀福志郎氏などエネルギー問題に精通した議員が多い。若手議員の一部にある再エネの過剰賛美をする人は少なさそうだ。自民党全体も菅政権での脱炭素、その手段である再エネの強調という動きにならなさそうだ。

岸田氏の個性から、選挙では争った河野氏や小泉氏、菅前首相を攻撃、孤立させることはなさそうだ。それでも当面は彼らの影響力は一時的に消え、その結果、菅政権での過激さをはらんだ気候変動、脱炭素政策は当面なくなるだろう。ただし欧州を中心にこの問題は主要な政治トピックで、日本の産業にも、政策にも、影響を与え続けることになろう。

岸田政権の政策がこうした状況になるならば、エネルギーの関係者は、菅政権でのように政治動向に一喜一憂することは減るだろう。その先の細かな状況はまだ不明だ。安倍政権のような経産省色の強い政策になるか、それとも政治主導で雰囲気が変わるかは現時点(10月1日)には見通せない。

ただし、岸田氏はただの真面目なだけの紳士ではなさそうだ。今回、菅総理が辞任することになった背景のひとつは、岸田氏の総裁選出馬表明と、影響力のあった二階俊博幹事長への批判という勝負に出て、追い込まれたためとされる。そうした思い切った活動もできる人だ。

変革と救国の熱い思いのために、岸田氏は首相を目指して立ち上がったのだろう。その姿勢に期待を込めて新政権を見守りたい。そしてエネルギーでは、新首相が日本の未来を良くする、誰もが幸せになる政策を打ち出すことを期待したい。