【コラム/10月18日】電気事業とセクターコンバージェンス

2021年10月18日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

国内外で、電力市場における競争の激化により、電気事業者の電力販売による利益は減少している。そのような中で、新たな価値創造のために事業分野の拡大とイノベーションの開発が重視されている。イノベーションを促進するためには、他企業との協調、とくに異分野の企業との協調が重要性を増す。異業種との協調は、お互いの強みを持ちより、弱みを補いあうことを目的としているが、そのためは、自己のコアコンピタンスを冷静に見極める必要がある。

最近、セクターコンバージェンスという言葉を耳にするようになったが、これは、異業種との協調と同義で、以前は別々であった産業セクターが一つの価値創造単位に統合されることを意味する。デジタル技術の発展が産業の垣根を取り払い、セクターコンバージェンスの原動力となっている。セクターコンバージェンスは単なる協力からジョイントベンチャーまで様々な形態をとりうる。それでは、電気事業者にとって、セクターコンバージェンスはどの分野が有望で、どのようなパートナーと協調することが大きな利益をもたらすであろうか。これについては、ドイツでは、シュタットヴェルケの新規事業との関連で、盛んに議論されており、本コラムでは、その状況について紹介したい。

セクターコンバージェンスに関する業界団体BDEWの調査によれば、電気事業者は、コアビジネスに近い分野でのコンバージェンスに最大のポテンシャルを見出してしている。同調査では、企業の約7割は、蓄電池を含む分散型電源、スマートメータリング、エレクトロモビリティの事業分野での他産業との連携が最も強く発展していくと考えている。これらの事業分野では、基本的に技術的なハードルは克服されており、事業リスクの定量化も可能であることも連携を促進させている要因である。また、電気通信分野(5割台半ば)、スマートホーム(5割弱)、スマートシティ(3割台半ば)の分野も電力産業のコアビジネスからは遠いものの、コンバージェンスのポテンシャルが存在している(カッコ内は、調査対象全体占める企業の割合)。

電気事業者がイノベーションを創出していくためには、デジタル技術が欠かせないが、大部分の企業は、デジタルプロダクトの開発にはパートナーとの連携が必要と考えている(ウィンウィン関係の構築)。これは、複雑な革新的プロダクトの開発が求められることや開発のスピードが速くなってきていることによる。パートナーとして、シナジー効果が期待できると企業が回答したのは、住宅産業が7割弱、テクノロジー・IT産業が6割台半ば、電気通信インフラ・サービス・ブロードバンド産業が5割台半ばとなっている。これに対して、自動車産業は5割弱となっている。

地域に根差すユーティリティ企業、とくにシュタットヴェルケは、有望なパートナーを選定する上で有利な立場にある。とくに、住宅産業との連携は、分散型発電、スマートメータリング、エレクトロモビリティの事業分野で大きなシナジーが見込める。現在のシュタットヴェルケのポジションは、コアの段階的な拡大に重点を置いているが、コア事業から遠い事業分野は、資金調達、シナジー効果、専門知識などの観点でリスクが高いという特徴があるものの、長期的な収益源を生み出す機会を提供している。

また、あるプロダクトの開発のために形成されるパートナーシップは、他の企業グループのパートナーシップと競合する可能性がある。また、自己のパートナーシップ内の企業は、他のプロダクトの開発に際しては他のパートナーシップに属することもあるだろう。この意味で、セクターコンバージェンスにより、電力企業と異業種分野の他企業との協調関係がますます複雑化することを認識しておく必要がある。わが国の電気事業においても、市場競争の激化により、電力分野での利益が長期的に減少する中で、セクターコンバージェンスを新たな価値創造のための重要な経営戦略をして位置づける必要があるだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。