【コラム/10月25日】岸田新政権の経済政策を考える〜教祖と呼ばれた下村治博士の視点から

2021年10月25日

飯倉 穣/エコノミスト

1,岸田文雄新政権が発足し、所信表明(2021年10月8日)があった。報道は、「岸田首相が所信表明 新しい資本主義を」(朝日同9日)、「首相所信表明「改革」触れず 給付金・賃上げ 分配前面 成長と好循環の道筋見えず」(日経同)と伝えた。

過去、日本経済は、マクロ的に「雇用、物価、国際収支、成長、財政等でパフォーマンスが相対的に良好」、「努力すれば報われるという環境が個人レベルでの活力を生み出す」、「過当競争の言葉がある程の企業間競争が技術革新スピード、伝播、品質向上、現場での創意工夫を生起している」「独自の雇用慣行が高い勤労意欲生み出す」(「2000年の日本」1982年)という時代もあった。

岸田経済ビジョンの中には、その展開次第で、経済パフォーマンスを向上させ、雇用・社会の安定に寄与する考えもある。新資本主義の主張は、80年代前半のような良好な経済パフォーマンスを取り戻せるだろうか。下村治博士の見方で新経済政策を考える。

2,アベノミクスは、財政出動(12~19年7年間の国債残高181兆円増)で、GDP年平均成長率名目1.6%、実質0.3%だった。GDP前年比増加額の合計額は、名目59兆円、実質23兆円に留まった。18年ピーク後下降局面となり、19年第10~12月期に行き詰まる。

この間消費者物価の安定、失業率の低下もあったが、正規雇用149万人増に対し非正規雇用369万人増(雇用者比率35.2⇒38.3%)で不安定雇用が目立った。また構造改革標榜の下、企業ガバナンス規制強化、働き方改革等を実施したが、見込み違いであった。

20年に新型コロナウイルス感染が拡大し、大幅な財政投入で経済の下支えを継続している。残されたものは、財政収支赤字継続(国債依存度19年度36%、21年度当初予算41%)と公債残高(19年度末886兆円、21年度末見込990兆円)である。アベノミクスは、一種の借金花見経済で一時的な経済膨張の後、経済不均衡拡大(負の遺産)に終わった。

3, 岸田政権の経済政策(所信表明演説)は、当面デフレ脱却のため金融緩和・財政政策・成長戦略の推進を継続し、経済の立て直しと財政健全化に取り組み、そして新しい資本主義の実現を目指す。

「成長と分配の好循環」のコンセプトの下、成長戦略4本柱として①科学技術立国(10兆円規模の大学ファンド、クリーンエネルギー戦略等)、②経済安全保障確保、③デジタル田園都市国家構想推進、④人生100年時代の不安解消を挙げる。また分配戦略4本柱として①三方良し経営(下請けいじめゼロ等)、②住居費・教育費支援、③公的価格の抜本的見直し、④財政の単年度主義の弊害是正を呼び掛けた。そして日本企業の萎縮を招来した企業法制・会計制度への言及もあった。四半期決算の見直しである。この制度導入は、投資家要求由来で、企業経営に短期戦略と利益至上主義を余儀なくさせている。

4,下村博士は、戦後経済の4転換期(1960年高度成長、70年成長屈折、74年オイルショック後ゼロ・低成長、86年前川レポート起因のバブル生起と崩壊)を適切に予測した(89年死去)。教祖があと数年存命だったら、今日の日本経済はある程度均衡のとれた姿を留めたであろう。下村の経済論を我流解釈すれば、経済の流れ、経済水準論、経済成長論、経済変動論、経済運営論に展開できる。経済水準は、技術体系の反映である。水準維持は、資源・エネルギーの有様と生産方法に依存する。クリーン・エネへの変革期では、原子力活用が鍵である。

経済成長は、技術革新・(企業家精神)・設備投資増が決め手である。それが生産性向上と価格ダウンを現実化し、物価安定、所得上昇・賃金増を惹起し、購買力増となる。まず技術革新ありきである。

経済変動は、ある均衡から次の均衡に移行する過程である。需給に係る利潤投資反応が基本である。通常の変動であれば、政府介入は不要である。他方今回のコロナのような経済ショックがあれば、一定の経済対策(均衡回復補完)が必要な場合がある。概して経済均衡を重視した経済運営が肝要である。

そして経済の目的は、新自由主義登場まで、基本は第一に雇用の確保、第二に物価の安定、三、四なくて次に自由貿易かという考えだった。近時自由貿易重視の考えが強くなったが、現在でも各国の雇用重視第一は変わらない。

また下村は、所謂米国要求を嚆矢とする経済構造改革に当時懐疑・否定的であった。これまでの枠組み(制度・規制等)変更が、経済活性化や成長に貢献したであろうか。思い付きの改革が事態悪化の連鎖となっている。

5,この下村経済論の視点から岸田政権の経済政策を考えると、まず経済水準維持では原子力再稼働も含むエネルギーの確保を重視しており、成長戦略で科学技術重視を謳っている。また三方良し企業経営で雇用を重視しているようなら、望ましい方向にある。

そして財政均衡を重視した経済均衡への接近が、最大の課題である。現在の経済フローを、生産→所得(分配)→支出の流れで見れば、借金(30兆円強/年)頼りの財政でGDPを6%程度押し上げている。財政均衡なら、その調整が必要となる。精々1%前後か以下の成長率で、経済水準を維持しながら財政再建は可能だろうか。低成長下の財政均衡への試みを再考すべきである。

6,岸田新政権は、アベノミクスの言葉を使用しながら、成長と分配の好循環を謳う。理念的に新自由主義でなく、新しい資本主義、日本型資本主義を主張する。また意味・効果の疑わしい構造改革という決まり文句を使用していない。そこに経済政策の変更を思う。政治的には、支持者に配慮し、他方経済的には過去の経済政策の行き詰まりを打開する狙いも感じる。日本型資本主義に内容を与える下村博士のような経済専門家の登場を期待したい。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。