【特集2】デジタル技術と人材を融合 官民が進めるスマート保安

2021年12月2日

デジタル技術と保安人材を融合した「スマート保安」に期待が寄せられている。設備の維持・管理は事業者の生命線だ。政策の現況と行方を展望する。

AI、IoT、センサー、ドローン―。エネルギーインフラや工場などの保安業務に、デジタル技術を活用して高度化を図る「スマート保安」を導入する事業者が増加している。

背景にあるのが、高齢化でこれまでエネルギーインフラを守ってきたベテラン人材が退職する一方、少子化の影響で入職者が大きく減少している点だ。

経済産業省の資料によると、電気分野の場合、ビルの受電設備など電圧5万V未満の事業用電気工作物の保守・監督を担う保安業界の第三種電気主任技術者は、2045年には想定需要の1万8000人に対して最大で4000人程度の人材不足が発生。太陽光や風力発電といった再生可能エネルギー発電所をはじめとする電圧17万V未満の事業用電気工作物の保守・監督を担う第二種電気主任技術者も、再エネ拡大に伴い地域によっては人材不足に陥るという。

既存インフラでも、1960~70年代の高度経済成長期に建設された鉄塔や受変電設備、発電所などの老朽化にも対応しなければならない上、「数十年に一度」レベルの激甚災害が毎年のように起きている。複雑かつ多様化する課題に対し、AIでの画像解析による劣化診断、ドローンによる点検、IoT機器による設備の常時監視、ビッグデータによる故障予知など、先端技術を導入するスマート保安で業務の効率化・高度化を果たすと期待されている。

政府が考える目指すべきスマート保安の絵姿(出典:経済産業省)

メリハリある規制体系に デジタル技術の活用推進

経産省産業保安グループ保安課の正田聡課長は、「政府としても保安人材の減少に対応し、日本の産業基盤を守る対策を打たなければならない。安全は大前提の上で、デジタルなど新技術と人が融合したインフラのスマート保安が重要になる」と説く。先端技術と保安人材を掛け合わせて対応する、これがスマート保安の考え方だ。

スマート保安の実現に向けて、経産省では20年6月に「スマート保安官民協議会」を発足した。メンバーには、電気事業連合会、日本ガス協会、石油連盟、日本鉄鋼連盟、石油化学工業協会をはじめとするエネルギー、石油化学産業など業界団体のほか、保安関連団体の高圧ガス保安協会、電気保安協会全国連絡会も参加。過去2回開催された会合には梶山弘志前経産相が毎回出席するなど、政府も導入促進に向けて積極的に活動している。

今年に入り、官民協議会では高圧ガス保安部会、電力安全部会、ガス安全部会に分かれて、技術革新に対応した各種規制・制度の見直し、民間企業の取り組みへの支援などの議論を行い、具体的な取り組みの指針となるアクションプランが各部会で策定された。

今年2月には、産業構造審議会の保安・消費生活用製品安全分科会に「産業保安基本制度小委員会」が設置され、6月に中間とりまとめを公表した。先端技術で保安業務の効率化や高度化が図れるとはいえ、電気事業法、ガス事業法、高圧ガス保安法など保安業務に関係する諸法制が障壁となる。このため、小委の中間取りまとめではスマート保安を進める上で「メリハリのある規制体系」が重要だと指摘している。

例えば高圧ガス保安法では、IoTなどの新技術の活用や高度な保安業務の取り組みを行う事業者にインセンティブを与える「スーパー認定事業所制度」が17年に設けられた。認定を受けた事業所では連続運転期間を事業者自身が8年以下までの期間に設定できるほか、完成・保安検査も事業者自身が検査可能。検査方法も自由に設定できるメリットがある。

20年10月には設備の巡回点検を人間の目だけでなく、ドローンなどのロボットやファイバースコープなど、目視に類する方法も可能になった。保安人材減少に対応するべく、事業者が先端技術を導入したくなるよう促すような法体系に変化し始めている。

法改正について正田課長は「新たな電子機器やソリューションを活用することで高度な保安を行うことが、これからの大きなトレンドになる。省令事項の見直しを行うなどしてスマート保安を進める上での障害を取り除くことと、スマート保安に資する新制度を作るダブルトラックで進めていく」と説明した。こうしたトレンドを踏まえ、次期通常国会で電気事業法、ガス事業法、高圧ガス保安法の改正を目指している。

スマート保安官民協議会それぞれの役割(出典:経済産業省

デジタル人材の育成が急務 業界大での取り組みを

導入に至る過程には課題も多い。主に①人材育成、②費用対効果の見えにくさ、③法規制、④セキュリティー対策―の4点だ。

特に①は深刻で、事業者は保安の専門家ではあっても、デジタルに精通しているわけではない。どのような機器でデータを得て、どう業務効率化に生かすのかをきちんと理解して、実業務に落とし込める人はそう多くない。現場の人材不足に対しては、各業界団体でカリキュラムを組むなどして、業界大で取り組むべきだろう。これはスマート保安を監督する行政も同様に言えることで、情報処理推進機構(IPA)のような機関と連携して人材育成や制度設計を行うことで、技術進歩に合わせた法制度を作る必要がある。

②についても、デジタル技術を導入するとなるとそれ相応のコストがかかるため、投資に対してどれだけのリターンがあるのか掴めず、導入をためらう事業者は多いという。また事業所によって設備の構成や抱える課題も異なるため、導入した内容もそれぞれ異なる。そうした事情もあるため、他事業所で導入された技術が業界内で共有されない問題もある。

このため経産省では、スマート保安導入によるメリットを伝えるべく、事業者の導入事例や現場の声などをまとめた「スマート保安事例集」を発刊している。さらにスマート保安に資する技術を導入・開発する事業者への補助金を拡充しているほか、関係者を招いた「スマート保安シンポジウム」のような場で議論を行うなどして、発信・周知に務めている。

③は、経産省が管轄する法制度は順次改正を続けていくものの、産業保安に関係する法制度は防爆規制など、他省庁が管轄するものも多い。④もスマート保安の大前提に安全性が担保されている点がある以上、導入するシステムはセキュリティー面の対策もしっかりとしている必要がある。

サイバーセキュリティー政策は経産省だけでなく、内閣府、総務省にまたがる分野だ。③と④いずれも省庁間で足並みを揃えて整合性を取りながら、安全に最大限配慮しつつ技術の進歩に置いて行かれないよう進める必要がある。

導入企業の裾野を拡大 垣根を超えた連携も重要

現在、スマート保安技術を導入している事業者は、各業界で名の知れた大企業が中心だ。対して、中小企業はスマート保安導入への関心はまだ低い。業界全体で意識向上と、保安能力の底上げを図っていく必要がある。大企業と中小企業との間で保安技術に差が開きすぎないよう、知見を共有する方策もあり得るだろう。

またインフラメンテナンスの担い手不足は、水道、通信、道路や橋梁などの建築・土木といった他のインフラ業界でも大きな課題だ。こうした同じ悩みを抱える業種とも連携することで、幅広い新たな知見を得られる可能性もありそうだ。

国土交通省や厚生労働省、総務省、デジタル庁などとの連携は今後ますます重要になるといえる。こうした先進的な取り組みを進めることは、業界の魅力度向上につながる。またこれら技術を海外に展開することで、新たな収益に化ける可能性も十二分にある。

システムの導入、人材育成、制度改正など、どの取り組みも一足飛びに進むことはない。官民ともにスマート保安実現へ着実に取り組んでいくことで、現在の逆境をチャンスと捉えて新たな産業保安の世界を切り開いてもらいたい。