エネルギー政策「ドイツに見習え」が怪しい

2021年12月20日

◆不思議な繰り返し「バスに乗り遅れるな」

「バスに乗り遅れるな」。1939年から40年にかけて、つまり昭和14年前後、欧州でヒトラー率いるナチス・ドイツが第二次世界大戦の初戦で勝利を重ね、欧州大陸を征服するような勢いだった。日本ではその時に、ドイツとの提携を進める人たちが、このスローガンを語って、日独の関係を深めようとした。ドイツの作る世界の新秩序に乗り遅れてはいけないということだ。

こうした世論が1940年9月の日独伊3国同盟の背景になった。しかし、ドイツと協調したことが、米英等の連合国との戦争と敗北という大失敗の一因になった。検証せずに、一時的な華やかさに目を奪われて、国際情勢を見誤ってはいけないという教訓だ。

なぜか現代の日本で、同じスローガンを聞く。「世界の潮流は、自然エネルギーと脱原発」「ドイツを見習え」「ドイツの政策を取り入れろ」。福島第一原発事故の後で、エネルギーをめぐる議論でドイツへの過剰な賛美が頻繁に登場し、今でも繰り返される。欧州の気候変動への異様な関心を肯定し、ドイツの脱原発政策と、固定価格買取制度(F I T)など再エネの過剰優遇策を見習えという議論だ。それらが全て正しいとは思えない。それなのに、ある程度、日本の政策に反映されてしまった。

ドイツの真似をした政策によって、日本のエネルギーに、プラスもあるが、じわりとマイナスの影響が出ている。再エネの過剰な増加と原子力の停止で、コスト増、そして既存電力システムへの投資がおかしくなり、安定供給が崩れ、電力を中心にエネルギー価格が上昇し始めている。ドイツでも同じ問題が発生している。それなのに、再エネを過剰に重視してエネルギー問題を語る人は、ドイツの失敗に沈黙するか、今でも「ドイツに学べ」と叫んでいる人がいる。実に不思議だ。

◆より混迷を深めそうなドイツの環境・エネルギー政策

ドイツのエネルギーをめぐる最近の動きは、混乱が広がりそうなものばかりだ。

▶︎中道左派・社会民主党のオラフ・ショルツ首相が率いる3党連立政権が21年12月に発足した。そこには16年ぶりに、過激な環境政策を掲げる「緑の党」が参加した。2人の共同党首の一人、ロベルト・ハベック氏は政権の要となる気候変動対策と経済政策を両立させるとする新設の「経済・気候保護省」の担当大臣になった。メルケル政権で進んだ、エネルギーの「グリーン化」政策は、より過激になる可能性がある。

▶︎ドイツの憲法裁判所は、21年4月29日に、「現在の気候変動法では2031年以降の温室効果ガスの削減措置は不十分であり、その削減目標は、憲法が保証する将来世代の自由権を侵害する」と判決した。政府とメルケル政権はこの判決を受け、2030年の排出削減目標を従来の1990年比55%減から65%減に引き下げ、40年には88%減の目標を掲げた。しかし、計画の根拠は詳細に示されていない。脱原発政策とそれに伴う石炭火力の活用は継続しており、石炭火力発電の比率が総発電量の3割強になっている。

▶︎ロシアからドイツへの天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」は9月に完成した。しかし新政権で与党になった緑の党は、天然ガス利用の削減と、同ラインの建設停止を21年9月の選挙で訴えている。今後、このラインをどのように使うかが政治問題になる。

これらの政策は、ドイツのこれまでのエネルギー政策の延長の中で出てきた。そしてエネルギーで追求すべき、3E +S(経済性、経済安全保障、環境配慮、安全)が満たされる形に、ドイツのエネルギー供給体制は、現在もなっていないし、今後も適切な形に成長するとは思えない。燃料・電力価格の上昇はこれまでドイツで観察されてきたが、その上昇が一段と起こるはずだ。

◆失敗のできるドイツ、できない日本

それでもドイツがエネルギー政策の失敗を隠せたのは、E Uのまとまりの中にいるため、そして周辺に比べて大国であるためであろう。E U諸国の協力の中で、他国から電力、エネルギーを購入でき、そのマイナス点を覆い隠せた。

一方で、日本はどうだろうか。言うまでもなく、日本とドイツは国情が違う。日本は他国からエネルギーをすぐに買えず、電線を引いて他国の電源を使うこともできない。日本がドイツのエネルギー政策の真似をしたら、マイナス面が、ドイツよりもより強く、より早く現れそうだ。実際に今、日本では再エネと脱原発の国民負担、そして既存発電施設への投資意欲の減退などによる安定供給の危機が始まっている。

ところが今でも、再エネの拡大を主張する人たちを中心に、「エネルギーでドイツに学べ」と繰り返す人たちがいる。名前と主催者は伏せるが、1年前、再エネの振興を目指すあるシンポジウムで、ある学者が冒頭に、「進んだドイツに比べて日本のエネルギー政策は・・・」とコメントを始め、それを視聴していた筆者は唖然としたことがある。この人は、河野太郎氏が内閣府大臣の際に主導して始めた「再エネ・タスクフォース」に参加し、積極的に日本批判の発言を繰り返していた。評判の悪い会議だったが、参加者の考えも、現実から遊離していた。

経済問題や社会問題は、理系の学問のように実験はできない。日本の進むべき道は、ドイツの過剰な環境配慮、再エネ重視のエネルギー政策がどうなるか。社会実験として観察し、そのメリットとデメリットを冷静に見極めることであろう。他国の政策の試行錯誤の中には、いわば実験のように、国、企業、消費者、それぞれの立場から学べることがある。それなのに、過剰な思い入れがあると、現実が歪んで見え、何も学べなくなってしまう。

日本のインテリたちの、海外賛美の病はかなり根深い。「ドイツに学べ」などの奇妙な主張を聞くたびに、エネルギー・環境問題で、80年前と同じように、海外の真似をして失敗する過ちが繰り返されることを心配している。