【コラム/1月5日】長期エネルギー需給見通しと電源開発

2022年1月5日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

昨年の10月22日に、第6次エネルギー基本計画が閣議決定された。また、これを定量的に肉付けするために、長期エネルギー需給見通しも同時に発表されている。第6次エネルギー基本計画では、1昨年10月に表明された「2050年カーボンニュートラル」や昨年4月に表明された新たな温室効果ガス排出削減目標の実現に向けた政策の道筋を示すことが一つの重要なテーマであった。これを踏まえた新しい長期エネルギー需給見通しでは、2030年度の電源構成として、再生可能エネルギー発電の割合を前回見通しよりも10ポイント以上引き上げ、36〜38%程度とし、原子力発電については、前回見通し同様の20〜22%程度とするとともに、火力発電は15ポイント引き下げ、41%程度(うちLNG20%程度、石炭19%程度、石油等2%程度)とした。

長期エネルギー需給見通しは、1977年以降しばしば発表されてきた。見通しは文字通り解釈すれば単なる予測でしかないが、実際は、将来のあるべき需給の姿を描いている。だからこそ、関係者の利害を反映して、その改定時には常に侃侃諤諤の議論がなされるのである。しかし、根本的な疑問は、これらの数値目標を自由化市場でどのようにして実現していくのかという点である。長期エネルギー需給見通しは、もともと電気事業が独占であった時代に策定されていたものである。独占時代には、総括原価主義が適用されていたから、確実に投資コストの回収が可能であった。そのため、長期エネルギー需給見通しで示された電源構成は、電気事業者が遵守すべき目標と位置づけてもその実現は(理論的には)可能だし、むしろ、それは官民共同で作成されていたといってよいだろう。しかし、自由化市場では、規制当局が電気事業者に電源(ミックス)の開発目標をアプリオリに決定し、明示的にまたは暗黙にその遵守を求めるべきではないだろう。自由化時代では、エネルギー市場での競争力の源泉は、なによりも発電であり、電気事業者による電源選択については、基本的にその経営判断(競争戦略)を尊重すべきである。例えば、電源の脱炭素化のために、原子力発電、再生可能エネルギー発電、合成燃料を用いたガス火力発電、CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)付きの石炭火力発電等のいずれをどの程度使うか、またどのような電源ミックスが競争上優位と考えるかは各社の経営戦略に依存する。また、自由化時代では、特定の電源(ミックス)を選好する需要家に対しては、そのような電源を提供する電気事業者の選択を認めるべきだろう。

競争的要素を取り入れつつ、あるべき電源構成を計画通りに実現するとしたら、需要家の電源に関しての選好を認めないことが必要となる。すなわち、規制当局が電源構成のシェアを予め決めておき、送電事業者に各電源の必要容量を競争入札で調達することを義務づけ、すべての小売事業者は同一の電源ミックスからなる電力を送電事業者から購入することを義務づけることが必要である。この場合には、調達してくる卸電力コストには差がないことから、小売事業者は、他サービスとのバンドリング、省エネ、家電機器の販売など、電力の付加価値の部分で競う合うことになるだろう。これは、計画的な電源開発と市場自由化の一つの妥協策として、欧州での電力自由化議論が始まった当初、フランスが提案したシングルバイヤーシステムの考え方である。しかし、自由化市場では、電力本体に関しての選択肢を認めることは当然なことである。グリーン電力100%の電力がほしいとか、最も安い電源の組み合わせの電力がほしいと考えている様々な需要家のニーズを踏まえて、電気事業者は電力を供給すべきであり、シングルバイヤーシステムが一般に受け入れられるとは思えない。

それでは、市場の自由化と矛盾しない形で、カーボンニュートラルを達成するためにはどうしたらよいであろうか。そのためには、環境への外部効果を内部化した炭素税や排出量取引を導入するのが基本的に正しい考え方である。これら制度の下で、経営の自由な創意工夫により、電源の脱炭素化が図られるべきだろう。とくに、将来的には、デジタル化の進展とともに、発電と小売を組み合わせた様々な革新的なプロダクトやサービスが創出されることになるだろうが、競争こそがそれを促進することになるだろう。シングルバイヤーシステムの考え方では、現在の技術を前提として、入札という一回きりの競争で、将来的に開発する技術を既存のものにロックインしてしまい、現段階では出現していないイノベーションを排除してしまう可能性がある。

ただし、シングルバイヤーシステムの基本的な要素である長期契約は、ある種の電源に適用される場合もあることは付言しておく。その典型的な例は、原子力発電であり、英国ではシングルバイヤーシステムと類似の制度として、差額決済取引型固定価格買取制度(Contract for Difference Feed- in Tariff: CfD FIT)が原子力発電に適用されている。しかし、このような長期契約に基づき投資コストの回収を制度的に認める電源は、エネルギーセキュリティやカーボンニュートラルの観点から必要不可欠と理論的根拠をもって判断され、パブリックアクセプタンスが得られるものに限定されるべきであろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。