【コラム/1月11日】新しい資本主義を考える〜岸田流投げ入れに下村治経済論を期待

2022年1月11日

飯倉 穣/エコノミスト

1,「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」の閣議決定があった(2021年11月19日)。そして財政的裏付けとなる令和3年度補正予算が成立した(12月20日)。

報道は「経済対策 見えぬ「賢い支出」最大の55兆円分配重視 これで日本は変わるのか」(日経11月20日)、「過去最大の補正予算成立35兆9895億円財源の6割借金」(朝日12月21日)と伝えた。

 経済対策は、未来社会を切り拓く「新しい資本主義」の起動として成長戦略と分配戦略を掲げる。岸田文雄首相は、所信表明演説で「1980年代以降、世界の主流となった市場や競争に任せれば全てがうまくいくという新自由主義的な考えは、世界経済の原動力になった反面、多くの弊害も生み出しました。・・我が国としても、成長も分配も実現する「新しい資本主義」を具体化します。・・我々には、協働・絆を重んじる伝統や文化、三方良しの精神などを、古来より育んできた歴史があります。・・人がしっかりと評価され、報われる、人に温かい資本主義を作れるのです。」と述べた(12月6日)。

 政府は、「新しい資本主義実現会議(第1回10月26日))で、ビジョン審議中である。改めて市場と政府のバランスを念頭に置いた新資本主義の有様を考える。

2,今回補正予算は、新資本主義の起動で一般会計8兆2千億円を措置する。成長戦略予算6兆2千億円で、中身は科学技術立国(大学ファンド、研究開発、半導体、蓄電池等)、デジタル田園都市国家構想、経済安全保障(半導体生産拠点確保等)である。分配戦略は1兆9千億円、子育て世帯給付、労働移動円滑化、医療・福祉従事者の収入引上げ等である。

 一見すれば、各官庁の旧来施策の読替・延長や経費積み増しが目立つ。各目玉予算の前提となる大学経営の姿(創造力強化)、企業の経営力強化に不要な投資家重視のコーポレートガバナンス等の見直し、安定的な雇用を支える産業的方策が不明瞭である。威勢のいい金銭面の対応でなく、これまでの経済対策で失敗している過去の制度改革・規制緩和等の見直しが、資本主義再構築により肝要である。

3,資本主義とは何か。現代的意味では「資本という貨幣を媒介として、生産手段の私的所有を前提として、自由市場で利益獲得を目的に商品・サービスの生産を、雇用を通じて行う経済システム」となろう。そして生産活動への関与と生まれる成果の配分が関心事になる。活動の中心が、私人=企業と考えれば、まさにステークホルダー(資本提供者(投資家)、経営者、働く人、取引先等)の関係こそ大事である。

4,経済システムの姿は、市場の効率性を前提としつつ、地理的・歴史的条件、国の成り立ち、政治・経済・社会的状況等で様々である。現代は、専制国家を除き、人間尊重の理念(自治、人権、社会的貢献)を具現化した自由・民主主義体制を獲得・受容し、市場経済ベースでは市場と政府の適切なバランスが重要とされる。(ステイグリッツ「人間が幸福になる経済とは何か」2003年)

1980年代以降、経済行き詰まりの打開策として新自由主義・市場経済重視の政策とグローバル資本主義が持て囃された。市場重視、資本移動の自由、大国都合の自由競争論理、規制緩和が、キーワードとなった。日本経済は、実績好調だったが、米国流経済学信奉者の横行で米英の風潮に巻き込まれていく。

グローバル化で一部短中期的に成功を収めた国も、「金融栄えて、働く一般人は今一」であった。日本は、30年間為替変動と米国要求に揺らいだ。その結果、経済成長は年平均成長率実質0.7%、名目0.5%(米国実質2.3%、名目5.4%)であった。そして名目GDP比一般政府債務残高20年254%(90年度末約38%)である。就業者の非正規割合は、20年37.2%(2,090万人、02年29.4%)に上昇し、雇用不安が継続している。これが構造改革で求めた資本主義の外見である。今こそグローバル資本主義に加え市場と国の役割を再考すべきである。

5,求められているものは何か。経済の基本の考え方、経済運営の在り方と過去の構造改革の見直し等である。第一に経済の基本としてグローバル経済に対し国民経済の考えを確認したい。繰り言になるが、下村治流なら、経済は、自国民が自国の領土の上に創意工夫で築いていくものである。成長の活路を徒に海外に求めず、内外経済均衡を意識した経済運営の姿が基本である。

第二に米商務省報告「日本株式会社」(毎日72年)の調査以来、米国は、対日要求・協議で、日本経済を支える枠組み(強さ)の制度変更を求めてきた。日本は、とりわけ90年代以降雇用軽視・消費者余剰重視・内実無視で流通、運輸業、金融、エネルギー(含む電力自由化)等の規制緩和、独禁法運用、民営化等を強要された。

規制緩和対象は、抑々市場の失敗を矯正するため規制しており、それを十分考慮せず、消費者重視名目・競争一辺倒で無理に変更した経緯がある。その結果過当競争を招来し、企業利益の縮小、過少投資、雇用削減・雇用条件劣化を招いている。一連の改革の再評価・見直しが必須である。

第三に米国の優れた点で模倣できなかったことを再勉すべきである。政府は、1969年「模倣から創造へ」と謳い、技術導入・キャッチアップ一段落を意識した。そしてわが国独自の技術革新(創造)を期待した。国民性として創造力が弱い国である。それが今日の状況を招いている。今回のコロナワクチン開発の惨めさを思う。引き続き先進国等の勉強が必須である。とりわけ世界で最も国際競争力のある米国大学、米国国立研究所の姿、行政制度等である。

第四に市場経済の核心である民間企業に対する無用な行動規制・監視の改廃が必要である。投資金融の影響を受け、コーポレートガバナンスと称する経営介入(含む株主代表訴訟等)が企業活動を委縮させている。経営者の右往左往は、社員の創意工夫を低下させる。生産活動に係るステークホルダー軽視でもある。国民国家として雇用を第一に考えれば、他にも多々改善点がある。

新資本主義という岸田流の器に投げ入れで下村治博士の描いた経済論が組み込まれることを期待したい。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。