【特集2】目まぐるしく変わる欧州政策 日本では独自の政策展開が必要

2022年2月3日

東京電力エナジーパートナー販売本部副部長/佐々木正信

全面自由化が早くから始まった欧州では、試行錯誤を繰り返し制度のブラッシュアップを図る。欧州の昨今の事情や今後の展望について、東京電力エナジーパートナーの佐々木氏に寄稿してもらった。

エネルギー自由化が早くから進められていた欧州。英国で1990年から段階的に電力自由化が始まり、2000年前後の欧州電力指令と欧州ガス指令を受けて、各国で電力・ガス市場の自由化、およびエネルギー垂直一貫型企業の分割が推進された。また、自由化の進展に伴い、各事業者の国外展開や電力・ガスの相互参入が促進され、例えば、英国のガス会社であったブリティッシュガスは現在、英国電力小売市場の最大シェアを獲得している。

高い政治目標を設定 市場ルールを随時変更

自由化と並行して、90年代から気候変動枠組み条約が発効し、温室効果ガス削減の世界的な動きが始まった。欧州は世界の温室効果ガス削減を先導し、再生可能エネルギー電力の導入拡大などの政策強化を積極的に推進しており、これらの政策は欧州事業者に大きな影響を及ぼしている。少し極端に表現すると、欧州では「政治的に高い目標を設定し、市場ルールを調整した中で、民間企業の自由競争を促す。目標未達ならば、期限やルールを柔軟に再調整する」ケースが多い。

また、CO2排出などの外部要因を内部コスト化させて、自由競争させる手法も一般的である。これらの政策は、炭素税やETS(排出量取引制度)が該当する。

05年からEUで導入された、キャップ&トレード型のETSは第4フェーズに入っているが、発電部門は原則として、オークションで排出枠を購入する必要がある。そして、化石燃料を使用する発電事業者は当該CO2排出量に応じたコストを追加負担している。

なお、EUでは23年からCBAM(炭素国境調整措置)を鉄鋼 、セメント、肥料、アルミニウム、 電力を対象に開始する計画であり、26年から、「EU外から送電線で輸入する電力」などに対しても、「当該製品の生産に起因するCO2排出量」と「原産国で支払われた炭素価格」を考慮して、EUのETS炭素価格に基づく炭素チャージのEUへの支払いが必要となる。欧州各国では、再エネ電源への支援策(FIT、FIPなど)と組み合わせて、電力部門のCO2削減を強力に進めている。

昨年発表されたETS改正案では、海運(船舶からのCO2排出)、道路輸送(ガソリン車などからのCO2排出)、建物(化石燃料を用いた暖房利用など)が新たな規制対象に加えられた。従来のETSはCO2排出者を直接規制する制度だったが、新制度ではガソリン車所有者や家庭を規制対象とするのではなく、燃料供給事業者を規制する制度となる。また、道路輸送や建物分野はEU域外からの競争圧力が比較的小さいため、炭素リーケージのリスクがない。よって、当該排出枠は、無償配分ではなく、オークションでのみ配分されるべきと考えられている。なお、ドイツでは先行して、21年から道路輸送と建物分野への新ETSが開始されているが、現時点では燃料供給事業者に固定価格が適用されている。

ヒートポンプとガスボイラー 再エネ雇用増加の独事情

エネルギー小売り事業者は需要側の脱炭素政策にも大きな影響を受ける。ドイツの建築物エネルギー法では、新築建物には再エネ冷暖房(ヒートポンプ冷暖房による空気熱や太陽熱などを利用)の設置が義務化されており、26年以降石油ボイラー、固体化石燃料ボイラーの設置が禁止される。

また、昨年発表された英国の「熱・建物戦略」では、35年以降、ガスボイラの新規・更新設置を、設備更新サイクルに沿って段階的に廃止する方針が示された。なお、ヒートポンプがガスボイラーよりもランニングコストが高くなることを防ぐために、電気からガスへの課税をシフトすることによる電気料金引き下げを22年に決定する可能性があることも公表している。さらに、フランスでは、22年1月から建築物環境規制「RE2020」が施行となり、新築戸建住宅の上限CO2排出量設定により、実質的に石油ボイラーやガスボイラーの設置が禁止され、ヒートポンプや木質ペレット暖房などの低炭素暖房設備の導入が義務化された。新築集合住宅に関しては猶予期間が設定されている。

ドイツでは、既存のエネルギー産業の雇用は減少しているものの、風力・バイオマス・太陽光発電の雇用が増加していると国内に訴求しており、英国でも洋上風力、ヒートポンプ拡大などのグリーン産業革命で多くの関連雇用を創出する計画だ。EUではETS制度で、年間140億~160億ユーロの収入を得ており、EU加盟国は平均して、これらの収入の70%を気候・エネルギー関連の目的に費やし、欧州企業のグリーン分野の技術力強化や雇用拡大を実現させつつ、衰退業種からの転職支援やエネルギー貧困世帯(低所得世帯)対策などもきめ細かく実施することで、国民の支持を得ている。

これらの資金は、年間100億ユーロと見込まれるCBAMや、燃料供給事業者へのETS拡大で、さらに増加することが見込まれている。また欧州のポストコロナ復興計画予算でも7年間で約5400億ユーロを「グリーンリカバリー」に充当することが発表されており、より強力に推進される方向である。

最近の燃料価格高騰への対応は欧州各国により異なるが、エネルギー料金課税の減税や、エネルギー貧困世帯への補助金が実施されている。

シェアを伸ばしたブリティッシュガス

各国が燃料費高に対応 事業者撤退と貧困補助

英国などでは、変動型料金単価に消費者保護のための上限が設定されていることもあり、資金力が弱く、卸価格高騰リスクをヘッジできなかった中小の小売り事業者が撤退している。こうした欧州の各エネルギー小売り事業者は、再エネ電源確保、エネルギー調達価格安定化、省エネやVPP(仮想発電所)などの付加価値サービスに関する独自戦略を実行している。大手のエネルは昨年、40年までにガス火力発電所を全廃し、ガス小売り事業(20年実績で97億㎥を約600万顧客に販売)からも撤退、再エネ電力のみを発電・小売りするネットゼロ戦略を発表した。 日本では需要側の直接CO2排出を抑制するような、強力な政策は取らない方向であり、日本独自の脱炭素経済転換やエネルギー貧困者支援政策が必要となる。

東京電力エナジーパートナー販売本部副部長/佐々木正信