【コラム/2月24日】欧州における電気料金の動向

2022年2月24日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

米国もそうだが、欧州の電気料金も長期的に上昇している。この12年間(2008〜2020年)について見ると、家庭用電気料金は30%の大幅な上昇率を記録したが、これは消費者物価指数の上昇率を大きく上回るものであった。電気料金上昇の要因は、2007年頃までは主として燃料価格の上昇であったが、この10数年間は、主として、租税公課の増大である。とくに、再生可能エネルギー賦課金の増大は顕著であり、家庭用電気料金に占めるそのシェアは、2012年から2019年の間に6%から14%と2倍以上になった。また、ネットワークのコストも再生可能エネルギー電源の拡大で増強を迫られ増大している。一方、近年、再生可能エネルギー大量導入下で卸電力価格は低迷ないし低下し、電気料金上昇の歯止め要因として機能していた。しかし、最近、卸電力価格は上昇している。その要因を考察することで、欧州における将来の電気料金の動向を予想することができる。

欧州における卸電力価格は、昨年半ばから顕著な値上がりが見られるようになった。スポット価格は、2021年9月に、ドイツ、フランスで、メガワットアワー当たり100ユーロを超えた。直近(2022年1月)でも、ドイツでは、150ユーロを超え、フランスでは200ユーロを超えている。最近における卸電力価格の上昇の理由としては、経済活動再開に伴う需要の増大、風力発電の低迷、発電設備の保守作業による停止、二酸化炭素排出量取引制度(EU-ETS)の排出枠(EUA)価格の上昇など様々な要因が挙げられているが、天然ガス価格の高騰がもっとも大きな要因と指摘されている。欧州における天然ガスの価格(オランダTTFの先物価格)は、2021年初では、100万BTU当たり30ユーロを下回っていたが、10月に100ユーロを、そして12月には170ユーロを超えた。直近(2022年2月16日)でも70ユーロ程度となっている。天然ガス価格の上昇の理由としては、景気回復に伴う需要の増大、欧州におけるガス貯蔵量の低下、気候変動対策としての石炭から天然ガスへのシフトに加えて、ロシアから欧州への供給削減が挙げられる。

現在、天然ガスの需給動向がとりわけ注目されているが、長期的な電力価格の動向を見る上で、より目を向けなくてはならないのはEUAの動向である。EUAは、2012年から2017年までは1トン当たり10ユーロ未満の水準で推移したが、2018年から価格が上昇、2020年12月に30ユーロを、2021年3月に40ユーロを超え、そして5月に50.05ユーロの史上最高値をマークした。その後、9月に60ユーロを、11月に70ユーロを、12月には90ユーロを突破し、史上最高記録を更新し続けた。その後、一時値を下げたものの、2022年1月26日も一時90ユーロを超えている。欧州は、2050年カーボンニュートラルの野心的な目標を掲げており、将来的にも、EUAの需給の引き締まりは変わらないだろう。カーボンニュートラルのシナリオを見ると、EUAは長期的に100ユーロ程度、場合によっては150~200ユーロにまで上昇していく可能性がある。EUAは、将来的に欧州の卸電力価格を引き上げる大きな要因となるだろう。また、カーボンニュートラルの実現のためには、再生可能エネルギー電源やネットワークの一層の拡大・増強、二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS: Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)、Power-to-Xや蓄電池などの種々のフレキシビリティ技術の 開発・導入も求められる。これらを考慮すると、欧州では、これまで以上に電気料金は上昇していく可能性がある。脱炭素化の目標が野心的であればあるほど、電気料金は顕著な上昇を見せるであろう。EU同様、わが国も、2050年カーボンニュートラルを目指すことになったが、やがて電気料金の継続的な上昇は当たり前の時代になるだろう。カーボンニュートラルは耳ざわりのいい言葉ではあるが、それを達成するためのコストに関する議論があまり聞かれないのが残念である。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。