水素を可視化する計測技術を開発 火炎も捉え安全な設備運用に貢献

2022年3月10日

【四国総合研究所】

水素活用に向けインフラや設備の導入が進む中、無臭で着火しやすい性質は取り扱いの課題が多い。

四国総研はガスの計測原理に着目し、独自開発した技術で安全な水素社会の実現をサポートする。

 近年、水素は有望なクリーンエネルギーの一つとして世界的に注目を浴びている。水素はカーボンニュートラルを達成する上で、燃焼時にCO2を排出しないといった特徴が優位な点とされ、生成する方法も多岐にわたる。

水素の特徴を安全運用の観点で見てみると、二つの課題が浮かび上がる。 

一つ目は、水素分子は小さいため、漏えいしやすいガスということだ。水素を取り扱う施設では、天井などに漏えいを検知する警報器を取り付けるなど、万一のガス漏れに備えている。その一方で、仮に警報器が発報しても、警報器がカバーする空間のどこかから水素ガスが漏えいしていることは認知できるものの、無臭でもあるため具体的な漏えい箇所を特定し、広がりを確認することは難しい。漏えい箇所の特定には探査作業が必要になることに加え、作業に長時間を要するなど、安全確保の面での課題が出てくる。

二つ目は、水素の炎は燃焼しても肉眼では見えないという点だ。通常、炎といえば橙色や青色をイメージするが、水素の炎は無色透明だ。そのため水素関連施設では、一般的な火災警報器とは異なる水素専用の火炎検知警報器を設置し、水素火炎の発生を監視している。だが水素漏えいの場合と同様、水素火炎発生の警報器が発報しても炎が目に見えないため、発生箇所が特定できないという問題が起こる。水素に起因する火災が発生した際、その現場において水素火炎が見えないということは、火元の特定や鎮火の確認が難しくなることは想像にたやすい。

四国総研は、これらの課題を解決し、水素エネルギーの安全な利用に資する、光を利用した独自の可視化技術を開発した。

水素ガスを可視化する技術 迅速で安全に漏えいを検知

マルチガスライダーでガスを可視化

ガス分子に光を照射すると、光の散乱が生じる。散乱した光のほとんどは照射された光と同じ色(波長)で発生するが、ごくわずかに異なる色に変化して散乱する光が発生する。これはガス分子と光との間でエネルギーの交換が起こり、その結果として現れる現象で、「ラマン効果」と呼ばれている。ラマン効果によって生じる、異なる色の光は「ラマン散乱光」と呼ばれ、ラマン散乱光の色は分子ごとに固有のものになるため、この現象を利用する。これにより、水素ガスを大気成分などのほかのガスと分離識別することが可能となるのだ。

また、光計測技術の一つとして、「ライダー」と呼ばれる技術がある。これは空間中にパルス状のレーザー光を照射し、対象物から返ってくる光の応答を捉えることで、対象物までの距離と分子種や濃度といった対象物の情報を同時に得ることができる。

四国総研はこのライダー技術とラマン効果を融合し、ライダーの応答としてラマン散乱光を捉える、水素専用のリモートセンシングシステムを開発した。電子アグリ技術部レーザグループの朝日一平副主席研究員は成功までの日々をこう振り返る。「ラマン散乱光は非常に微弱なため、高感度に捉えることに工夫や知恵を絞りました」 この機能を搭載した「マルチガスライダー」は、観測したい空間にレーザー光を照射。レーザービーム上に存在する水素の位置と濃度を同時に遠隔計測することができる。光を用いているため、レーザー照射からラマン散乱を捉えるまでの過程は光速で進行し、応答は速い。また、レーザービームを上下左右の空間に照射して、二次元、三次元空間の水素の存在や分布を計測し、可視化。安全かつ迅速に水素ガスの漏えい検知や漏えい箇所の特定が可能となる。

マルチガスライダーは、水素に限らずさまざまなガス種に適用できる。

火炎の可視化も実現 水素の普及につなげたい

水素火炎は人の目に見えない。これは水素が燃焼しても、人の目が感じることができる色(波長)の領域に光を発していないためだ。しかし、水素火炎は紫外線や赤外線の領域の光は発している。

四国総研は、水素火炎のこれらの目に見えない発光を特殊なカメラで捉え、画像処理を施してモニター上に水素火炎を可視化する装置を開発した。

携帯型水素火炎可視化装置

水素火災の発生時、現場から10m以上離れた安全な場所に、片手で持てる小型で軽量な「携帯型水素火炎可視化装置」を配置する。撮影する空間に水素火炎が存在した場合、水素火炎から生じる近赤外領域の光を選択的に捉える。同時に取得した背景画像との差分を取り、二値化処理を加えて水素火炎領域を顕在化。取得した水素火炎画像のみを再び背景画像と重ね合わせて表示する。これにより、モニター上に動画として水素火炎を可視化することができるのだ。

目で見た水素火炎(上)と可視化装置を通して見た水素火炎(下)

瞬時にその場所と火炎の規模を認識できれば、迅速で安全、合理的な消火活動につながる。

朝日副主席研究員は、「これらの装置が水素エネルギーに対する社会的受容の向上や、普及促進につながることを目指している」と水素社会実現への展望を語った。

安全な水素利用に役立てたいと話す朝日さん