【コラム/3月23日】ウクライナ危機とドイツにおけるエネルギー政策の転換

2022年3月23日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

2月24日に開始したロシアのウクライナへの軍事侵攻により、ドイツのエネルギー政策は大きく転換しつつある。ドイツ政府は、22日には、ロシアからドイツに天然ガスを送る新たなパイプラインプロジェクトである「ノルドストリーム2」の稼働に必要な手続きを停止すると発表しているが、27日には、2カ所のLNG基地の建設と今年中に廃止する予定であった原子力発電所3基と石炭火力発電所の稼働延長を検討する考えを示した。

ドイツは、エネルギー資源のロシアへの依存度は高い。とくに、天然ガスは、輸入量の55%はロシアからであり、同国への依存度は欧州主要国の中で最も高い。ドイツでロシア依存がこのように高まったのは、1960〜70年代に展開されたブラント元首相による東欧諸国との関係正常化を目的とした「東方外交」の産物である。天然ガスのパイプラインによるロシア依存が高まる中で、エネルギー供給保障の問題がなかったわけではない。しかし、これまで、安定供給上の問題であったのは、供給元であるロシアによる供給停止ではなく、天然ガス輸送の中断による影響であった。ロシアは、冷戦時代を含め、安定的にドイツや他の欧州諸国に天然ガスを送り続けている(ウクライナ向けを除く)。このため、ロシアは、信頼できる供給元であり続けた。これに対して、ウクライナでは、欧米寄りの政権が誕生すると、ロシアはウクライナ向けの天然ガスの輸送を制限しているにもかかわらず、天然ガスを以前同様引き出していたために、同じパイプラインでドイツやその他欧州諸国に送られるべき天然ガスの量が減ってしまい、欧州の経済や市民生活に大きな影響が及んだ。

「ノルドストリーム」は、このような背景の下で、天然ガスをロシアから海底パイプラインでドイツに直接輸送することで、輸送中断のリスクを軽減するために計画されたものである。「ノルドストリーム1」が2011年に完成するまで、ロシアからの天然ガス輸送の約8割は、ウクライナ経由のものであったが、「ノルドストリーム1」の完成で、ウクライナ経由は半分程度に減らすことができた。しかし、この度のロシアのウクライナへの軍事侵攻により、供給元としてのロシアに対する信頼は失われたことが、ドイツにおけるエネルギー政策の大きな転換につながった。

エネルギー供給事業者としてのロシアに対しての警戒心は、欧州諸国の中になかったわけではない。とくに旧ソ連の政治的影響下にあった中東欧やフィンランドでは、天然ガスのすべてもしくは大部分をロシアに依存しており、ロシアへの依存度を減らすことでロシアの政治的影響力も排除したいと考えている。中東欧やフィンランドにおける原子力開発には、このような背景があることを見逃してはならない。フィンランドは、5基目の原子力発電所であるオルキルオト3号を建設したが、筆者は、その決定の理由を、電力会社TVO社で聞いたことがある。「フィンランドでは、将来の電力需要の増加を天然ガス火力で賄うか、原子力発電で賄うか議論があったが、天然ガスは100%ロシアに依存しており、エネルギーのロシア依存度を高めないために原子力発電を選択した」とのことであった。そのさい、同社の幹部が「あまり公の場では言えないことだが」と前置きして述べたことが印象的であった。また、同国は1995年にEUに、そして、1998年に北欧電力市場Nord Poolに参加したが、その背景には、EUの経済圏や北欧のエネルギー市場に自らをしっかりと組み込むことで、ロシアからの政治的影響を受けないように、またはそれを軽減したいとの意図があった。

ドイツも、今回の出来事で、ロシアが安定的なエネルギー供給事業者であるかどうかについて大きな疑念をいだくことになったが、カーボンニュートラル政策への影響はどうだろうか。火力発電所の稼働は少なくとも当面は延長していかざるをえない(原子力発電については、廃止の準備が進んでおり、稼働延長は難しい可能性が高い)。しかし、長期的にカーボンニュートラルを達成していく政策には変わりはないだろう。ドイツは、一次エネルギーの約6割は、国外に依存している。EUも一次エネルギーの輸入依存度 は5割を超えている。

カーボンニュートラルの達成のためには、再生可能エネルギー電源、原子力、CCS、省エネなどを進めていかなくてはならないが、欧州では、とりわけ、再生可能エネルギー電源は最大限開発する必要があると考えられている。その背景には、化石燃料利用の大幅減少を通じてのエネルギーの域外依存度、とりわけロシアへの依存度の低減を図りたいとの意図がある。EUは、2008年に採択された「気候エネルギーパッケージ」以降、温室効果ガス削減、再生可能エネルギー開発、エネルギー利用効率向上に関する野心的な目標を掲げるようになったが、なぜそのような膨大なコストがかかる政策に踏み切ったのかは、このように考えると良く理解できるだろう。それは、エネルギーセキュリティの確保の観点から極めて重要であるからだ。

わが国でも、カーボンニュートラルが政策のトッププライオリティとなりつつあるが、エネルギーセキュリティ確保の観点を見失ってはならないだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。