【コラム/4月20日】ウクライナ危機とEUのエネルギーセキュリティ政策

2022年4月20日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

EUの一次エネルギーの域外依存度は、6割弱と高く、天然ガスは8割強、石油は10割弱、石炭は3割台半ばが輸入に頼っている。輸入元としては、ロシアが多く、天然ガスは4割弱、石油は3割弱、石炭は5割弱がロシアからのものである(2020年)。しかも、ロシアへの輸入依存度は、この10年で増大している。2010年には、EUの一次エネルギー輸入に占めるロシアの比率は、天然ガスは3割、石油は3割台半ば、石炭は2割強であったから、ロシア依存は天然ガスでは1割弱,石炭では3割弱高まったことになる(石油は若干減少)。EUにおいて、供給国が特定の国に集中することへの懸念がなかったわけではないが、一次エネルギーの生産者と購入者との間の相互依存(とくに投資を通じて)が高まれば、供給遮断は起こりにくいという考えも根強かった。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻は、供給元としてのロシアへの信頼を失わせ、EUが一次エネルギーの高いロシア依存を見直すきっかけとなった。EUは、3月8日に欧州の共同アクションREPowerEUを提案し、化石燃料のロシアへの依存から2030年のかなり前に完全に脱却する戦略を打ち出した。最初の取り組みでは天然ガスに焦点を当てており、LNGとパイプラインによるロシア以外の供給者からの輸入を増やし、天然ガスのロシアへの依存度を1年以内に3分の2に減らす。そして、加盟国に最低レベルのガス貯蔵量の確保を義務付け、10月1日までに貯蔵キャパシティの90%程度(現在30%程度)を確保する。また、エネルギー利用効率を高めるとともに、再生可能エネルギーの開発を加速し、農業廃棄物や生ごみからのバイオガス利用を大幅に増加し、水素の利用を2030年までに4倍に増やすことになった。さらに、4月8日に、EUは8月半ばまでにロシア産の石炭の輸入を禁止することを発表している。

 EUがエネルギー問題について、これだけ力強いメッセージを”one voice”で出したことは注目に値する。EUではエネルギーセキュリティ確保に関しては種々の政策的な合意はあるものの、実際の対外的な行動は各国バラバラであった。

 とくに、天然ガスのロシア依存度は加盟国によって、大きく異なっており、依存度の高いドイツは、ロシアへの姿勢は融和的であり、協調的な関係を維持することを重視し、依存度が低い英国やフランスが厳しい姿勢で臨むのとは対照的であった。例えば、2008年のジョージア紛争ではロシアがジョージアに軍事介入したことに対して、ロシア依存度の低い英国は制裁を訴えたが、ロシア依存度の高いドイツは、ロシアを刺激することは避け、安定供給を優先させる立場をとった。また、2014年には、親ロシア姿勢を示していたウクライナのヤヌコビッチ政権の崩壊を受けてロシアがウクライナ南端のクリミアへ軍事介入を行い、これを併合したが、この時は、EUは米国とともに、ロシアを非難するとともに、経済制裁を科した。しかし、そのような中でも、ドイツは、天然ガスをロシアから海底パイプラインでドイツに直接輸送するノルドストリームプロジェクトを推進している。

 EUは、エネルギーセキュリティ確保のためには、「団結」が必要であると、繰り返し強調してきた。そして、2009年に発効したリスボン条約では、エネルギーに関連した事案について、EUは対外的に”one voice”で臨むことが定められた。それにもかかわらず現実には、一体的な行動は難しかった。しかし、今回のロシアのウクライナ侵攻で、EUが文字通り”one voice”で脱ロシアと共通のエネルギーセキュリティ政策を打ち出すことができた。その意味で、今回のウクライナ危機は、EUのエネルギーセキュリティ政策におけるエポックを画する出来事となった。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。