【コラム/5月10日】「物価対策・金融政策を考える〜弾力性喪失の日銀への疑問」

2022年5月10日

飯倉 穣/エコノミスト

1,ウクライナ侵略ショック等で、資源エネルギー価格の高騰があり、加えて米国金融引締

めで、円相場下落が顕著である。輸入物価押し上げによる各種商品の値上げも目立つ。物価対策の基本は、輸入物価上昇の受容、縮小均衡調整である。ガソリン補助金・給付金支給に首を傾げる。物価の番人の日本銀行は、過去10年間と同様、意味・効果曖昧なかつ窮地招来の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する(22年4月28日)。日銀の姿勢に報道も呆れ顔である。

「日銀「粘り強く緩和継続」指し値オペ毎日実施」「円安阻止より金利抑制 長期緩和は抜けられず」(日経4月29日)、「円安加速 一時131円台 日銀の金利抑制強化受け」(朝日同)、「政府、物価高対策6.2兆円 ガソリン補助金拡充・困窮者対策」(朝日27日)。

ウクライナ決着や資源エネ価格上昇に伴う景気後退で、物価上昇圧力は低下する可能性もある。それもまた金融政策の有効性に疑問を投げかける。選挙前の「何でもあり」の下で、危なげな黒田日銀の金融政策を考える。

2,日銀存立の理由は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する通貨および金融の調節を行う」ことである。その日銀が、今次の物価上昇に対し、平然と現行金融政策の維持を述べる。なぜそうなるのか。財政破綻状況と日銀の肥大B/Sが物語る。

 国の財政状況は、困窮明白である。アベノミクスに象徴的な過去の積極的な財政政策は、消費税率を上げた精神を無視し、ばら撒き的政府支出を続けた。財政収支は30兆円の赤字継続である。普通国債残高は、22年度末1,026兆円(GDP予想556兆円比184%、税収予想65兆円比1,574%)となる。予算計上の国債利払い費は、約8兆円(国債金利約0.8〜1%弱)である。誰の頭にも金利上昇不安が付きまとう。

 日銀のB/S(22年3月末)は、合計736兆円である。主たる資産は、国債526兆円、社債85兆円、株式(ETF)37兆円、不動産投資信託(REIT)0.7兆円、貸付金151兆円である。負債は、銀行券120兆円、当座預金563兆円等である。国債購入が財政規律の歪みを、ETFが株式市場の倒錯を招く。市場の健全性喪失である。日銀は、金融政策を変更できない状況に追い込まれている。

3,なぜこの状況に至ったか。リフレ派の勝手主張がある。貨幣数量説である。アーヴィング・フィッシャーの交換方程式(貨幣総量×貨幣の流通速度=物価水準×取引量=物価×実質GDP=名目GDP)を用い、貨幣数量増で物価上昇可能を強弁した。日銀の断固たる金融政策が、予想と期待に働きかけ、インフレ率や円レートの変更で成長経路を軌道に戻す。円資産の供給で円高阻止、貨幣供給を増やせばデフレは止まると強調した。13年以降の金融政策は、19年まで経済変動無視で、物価目標にこだわり続けた。

政治と証券界は持て囃したが、結果は無残である。年平均実質成長率12~21年0.4%(12~19年0.9%)である。年平均消費者物価上昇率同0.6%(同年0.8%)、年平均GDPデフレーター上昇率0.5%(同 0.6%)である(参考:年平均企業物価上昇率同0.8%(同年0.5%)。金融政策で、資産価格の上昇はあったが、成長も物価目標の達成もなかった。

為替変動の経済全体に及ぼす影響は、貿易収支如何である。黒字であれば、一般的に円高分経済縮小、円安分経済拡大である。ただ乱高下は、企業活動にマイナスとなろう。今回の円安是正では、リフレ派の考えなら、量的緩和の縮小、金利引き上げとなる。それを実行できないことも問題である。

 なお為替は、ランダムウオーク的だが、円ドルレートは歴史的に米国経済都合で動く印象を受ける。固定為替制か変動為替制か、為替水準コントロールの仕方等は、日本にとって依然永遠の課題である。

4,当初から、黒田金融政策に疑問があった。量的金融緩和で資産価格上昇・経済膨張があっても、技術革新乏しい中、成長牽引の設備投資に結びつくか根拠不明であった。又物価上昇効果も疑問で、長期に継続すれば、市場の歪みや放漫財政等の副作用が心配された。そして出口が見えないまま、総裁の生一本か視野狭窄の金融緩和が継続した。量的緩和は、金利抑制には効果的だったが、物価とは希薄な関係であった。

 実物経済における正常な物価の動きとは何か。そして経済変動における物価安定とは何かを問いたい。一般論なら、成長すれば生産性上昇で企業物価は安定的に推移し、消費者物価上昇は、成長率にサービス産業の構成比を掛け算した程度である。黒田金融緩和は、効果薄く、副作用が顕在化している。当初の経済認識と適用理論の誤謬に加え、政策目標設定に問題があった。且つ政治的執念が尾を引いている。

5,今後どうするか。日銀は、政治に阿ね、老人の非弾力性で日銀バランスシート肥大、国債残高増で、量的緩和縮小が困難な状況に陥っている。又所謂デフレ克服も出来ず(本来低成長・低物価、且つ競争市場なら趨勢的物価引き下げ圧力)、資産価格とりわけ株価対策ばかりの反省なき無為無策に陥っている。 

金融政策は、物価安定目的で、経済変動における経済運営の手段である。一般には下降局面(景気後退期)の影響緩和と上昇局面(景気上昇期)の物価対応であろう。経済論的には、通常の経済変動なら、政策不要で市場に任せることが望ましい。企業活動の正常な対応(利潤投資反応)が転換点を作り、景気循環となる。問題は、外的ショックが、経済活動に影響するときである。エネルギー資源価格上昇に伴う物価上昇懸念なら、貿易収支・エネ需要縮小等を視野においた金融引き締めであろう。

金融政策の基本は、経済変動、経済的ショック等への適切・弾力的対応である。その対応が可能なように金融政策遂行能力を保持しておく必要がある。輸入物価上昇に伴うある程度の国内消費者物価上昇は、やむを得ない。金融引き締めで縮小均衡調整を促すことが肝要である。その際大量の国債の存在で金利負担が気になるが、一定の財政負担を覚悟せざるを得ない。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。