【目安箱/5月23日】原子力復権、岸田政権の姿勢変化は本当か?

2022年5月23日

政府・与党から、原子力の活用を巡る発言が相次ぐ。しかし、問題の根幹である原子力規制政策の混乱とエネルギー自由化には手をつけず、言葉だけが踊る。

◆岸田首相の意欲は言葉だけ?

ネットがざわついている。「何も決められない」と批判される岸田文雄首相が、このところ原子力を巡って、意欲的な発言を繰り返しているためだ。

「原子力規制委員会の新規制基準に適合し、国民の理解を得ながら再稼働を進めていくという基本的な方針は変わらない。安全は譲れない」(5月19日、グリーンエネルギー戦略に関する有識者会議)という政策はそのままだが、「原子力は日本に必要」(同)と強調した。そして「電力やガス料金の値段の高まりを考えるときに、原子力についてもしっかり考えなければならない。原子力発電所1基を動かすことができれば、世界のLNGの市場で年間100万tを新たに供給する効果がある」(4月26日の経済対策をめぐる記者会見)など、エネルギーや経済を巡る演説で原子力の重要性に言及することが多くなった。

原子力は政治的に難しい問題だけに、岸田首相の以前の沈黙からすると、一歩進んだ発言に見える。一方で「岸田首相は、言葉だけが目立つ『検討使』とあだ名をつけられている。どうせ何もしない」というあきらめもネットでは広がる。

◆規制改革、法改正を視野に入れる自民党

しかし「風向きが変わっている」(自民党衆議院議員)と言うように原子力活用を容認する声が増えているのは確かだ。自由民主党の「原子力規制に関する特別委員会」(委員長=鈴木淳司衆議院議員)は5月12日、原子力安全規制・防災の充実・強化に向けた提言の中間報告をまとめ、岸田首相、山口壮環境大臣らに申入れを行った。

同委員会は自民党内の常設委員会で、2018年に原子力規制の提言を出している。再び積極的な活動を始めたのは、風向きの変化を自民党が捉えようとしたのだろう。提言では、原子力規制が改善していることを評価した。一方で、安全審査長期化による再稼働の遅れで「原子力が持てるポテンシャルを発揮していない」と指摘。さらに「自治体・事業者とのコミュニケーションのあり方や審査の効率的実施など、なお改善の余地が大きい」と、批判をしている。さらに前回報告になかった「法改正も視野」と言及した。

原子力規制制度では、2012年の原子力規制委員会の発足に際して、独立性の強い組織(いわゆる「3条委員会」)とすることが、民主党政権で決められた。その影響で行政や政治家が、その行動を統制できない。そして過剰な規制が、審査の長期化、負担増をもたらしている。

確かに原子力を巡る風向きの変化はある。規制委の更田豊志委員長が今年9月で退任する。規制庁と同庁を管轄する環境省の押した同氏の再任が阻まれたのは、自民党議員が強い反対をしたためとされる。ウクライナ戦争を受けてのエネルギー価格の高騰や、電力会社の経営危機、そして電力供給の不安定化など、エネルギーが企業活動や生活を脅かすようになった。それに伴って、世論でも、原子力発電活用を求める声が拡大。2011年の東京電力の福島事故直後のような感情的な反発が少なくなっている。

具体的な動きはまだ見えない

しかし、「原子力のポテンシャルを活かす」形での原子力規制の正常化は、難しそうだ。

反原発活動で知られる菅直人元首相は、首相退任後に原子力規制委員会ができたときに「すぐに原子力を動かせない仕組みを作った」と、メディアで放言をした。その言葉通り、独立性を与えて法律に基づいて活動をする原子力規制委員会・規制庁という国の組織がある以上、なかなかその行動を是正できない。

また福島事故の後遺症で、規制当局は、過剰な規制を原子力事業者に求めるようになった。それに対応するために、原子力の稼動が遅れることが続いてきた。これを是正するためには、規制のやり方を抜本的に変え、規制当局の担当者を大幅に増やすなどの取り組みが必要になる。

原子力事業者も、規制委員会・規制庁の権限が強すぎるために、抗議や是正要求がなかなかできない。そして、大多数の国民は原子力について、激しい反発は減ったものの、不安感や拒絶反応を今でも持つ。こうした過剰規制を「正しい」、「足りない」とする人もいる。反原発を唱える人は、自民党内部にもいる。国民の意見がバラバラで、「何が正しい原子力規制か」の合意を作りづらい。今の原子力の規制の状況は問題があっても、その問題を作ってしまった諸条件が周囲にあるのだ。それを変えられない

安倍晋三元首相は、原子力問題では先送りを続け、手を付ける兆しのあった菅義偉前首相は早期に退陣した。この問題で政治的な解決が難しいと知っていたのだろう。岸田首相が原子力活用の意欲を示すのはいいことだが、そこから一歩先に踏み出すのだろうか。

ここまでこじれて問題放置された以上、首相がリーダーシップを取り、政権全体、政官民が一体となる法改正や制度再設計がなければ変化は難しい。実際に観察すると、首相も官庁も言葉だけで、原子力規制の法改正などの抜本的な対策に、まだ踏み出していない。規制庁の予算・人員増、提言などの、手が付けられそうな対策にとどまっている。

日本のあらゆる問題では、ダラダラと問題の根本解決が先送りされ、負担が膨らんで、破局がいつの日か訪れる。少子高齢化や財政のような状況に、原子力産業が落ち込んでしまった。復活の日は訪れるのだろうか。