【特集2】求められる「急がば回れ」の議論 火力本来の機能で脱炭素化に対応

2021年2月3日

ゼロエミ議論の中で、「再エネvs火力」がフォーカスされがちだ。脱炭素への近道は何か。それは火力本来の機能にもっと注目すること。今こそ「急がば回れ」の議論が必要なのである。

※この座談会は撮影時以外はマスクを着用して行いました。

金子祥三/東京大学生産技術研究所 研究顧問

大場紀章/日本データサイエンス研究所 フェロー

中澤治久/火力原子力発電技術協会 専務理事

―ゼロエミッションに対する見解は。

金子 CO2排出量を下げていく目標の中で、再エネを増やすということは理解できます。その際、直流ではなく交流の電力系統網の世界において、需要と供給のバランスを常に維持しておかないといけません。再エネのように変動する電源が入り込むならば、当然それをカバーする調整機能を果たす電源、つまり火力を中心とした電源が常に稼働していないといけません。

ベストな方策は発電側の効率を上げて、エネルギー消費量を少なくしてCO2を削減することです。よく極端な議論があります。「発電設備の効率を上げたとしても、わずか数ポイントしか上がらないではないか。だから全てを再エネや蓄電池にすべきだ」と。だけど、効率を1ポイント上げるだけで、圧倒的にCO2を削減できます。地道な作業ですが、こうした努力が一番のポイントになるかと考えています。

大場 私はもともと自動車業界からエネルギーの世界に入ってきました。その観点から言うと、日本のエネルギー最終消費の約7割は熱需要。自動車の電動化も話題になっていますが、熱需要をいかに化石燃料から転換するかが重要です。そうでないと、仮に火力電源がゼロエミになったとしても、2050年にゼロエミは不可能です。需要側の電化と電源側のゼロエミ化の両輪で進めないといけません。「50年ゼロ」にこだわりすぎるあまり、安定供給やエネルギーの安全保障がないがしろにされては身も蓋もありませんが、多少無理な目標を置くことで、業界全体の変革を加速させる意味があると認識しています。

中澤 8割削減だったら何とかなると思いますが、完全ゼロエミ化となると、ハードルは一気に上がります。日本は7割が化石燃料の火力発電で、発電分野でゼロエミ化を進めないといけないわけですが、そうした中で、再エネを増やせばよいという単調な議論があります。金子先生もおっしゃるように、再エネを増やすためには、電力系統を安定化させるための予備力や調整力が必要になります。火力がその役割を果たしていかないと、再エネを増やすことさえできません。このことを共通認識として持っておかないといけません。

それから熱利用の話がありました。ただ、勘違いされることがある。日本は暑いので冷熱需要が多く、民生用では既に電気のエアコンで動いています。この分野での熱利用による追加効果は限定的です。産業分野では、蒸気を使う領域がありますので、大きな技術革新が必要になるかと思います。

混焼・専焼の課題はコスト マーケットを破壊する懸念

―JERAが50年のゼロエミ化に向けたロードマップを打ち出しました。新燃料となるアンモニアについて触れています。

中澤 アンモニアは刺激臭を伴う劇物です。火力発電所では、NOx対策として脱硝の工程で既にアンモニアを使っていて、かなり安全に配慮して使っています。ですからアンモニアを扱う素養はある。ただ発電燃料となると規模が一気に高まります。さらに混焼と専焼では扱い方がかなり違います。混焼については早期の実現が可能だと思いますが、専焼は技術的には、まだ確立されていません。これからの取り組みでしょう。同時に、発電用を想定したアンモニア調達にまだ当てがありません。技術的な課題と調達面の課題との両輪で取り組む必要があると思います。

金子 50年の目標ということで意気込みを示す意味では大切なことです。NOxの問題や着火の問題など、現在の技術を詰めていけば、いずれ専焼の課題はクリアできるでしょう。ただ問題は燃料コスト。私も、新燃料の技術開発をこれまでさんざんやってきました。石炭を流体化する「石炭水スラリー」や「石炭油スラリー」。あるいはメタノール燃料を商用機のボイラーで試したこともありました。けれど実際の商業規模でやるとなると、燃料コストが課題になります。その負担を誰が担うかが最大のポイントでしょう。事業者だけの負担では、難しいのではと感じています。

大場 アンモニアを発電用燃料として具体的に検討しているのは日本だけで、最初に燃料用のアンモニアを大量に輸入する国は日本になると思います。アンモニアの利点について言えば、主に農業の肥料用として、世界で年間1億8000万tの供給力があります。重量当たりの熱量は、LNGと比べると劣りますが、低品位炭に相当する1㎏当たり16メガジュール程度と、燃料として必ずしも悪くない。運搬も8・5気圧で液化でき、液体水素より低コストで流通できます。

ただ、60万kWのコンベンショナルな火力発電に必要な専焼アンモニア量は年間120万tで、仮に日本の全火力をアンモニアに替えてしまえば、世界の供給量の何割かを日本で一気に使い切ってしまう。この辺は課題だと思います。

中澤 その通りです。大量消費による購買力の向上は一般的な経済原理ですが、カーボンニュートラルを前面に打ち出しすぎてアンモニア一辺倒になってしまうと、うっかりすると高騰する懸念もあります。日本が世界のマーケットを破壊する可能性があるわけで、その辺はしっかりと調達国と手を組む必要があると思います。

―水素はガスタービン、アンモニアは石炭混焼というすみ分けなのですか。

中澤 混焼なら、石炭火力にアンモニアが良いと思います。専焼ならば、アンモニアでもガスタービンを回せますので、発電効率を鑑みると、コンバインドサイクルが良いかなと思います。

金子 問題はコストです。例えば、水素は何から作るか。一番安いのが化石燃料。水素は天然ガスから改質して作るのが一番安いわけです。ただ、炭素のエネルギーを捨てて、水素だけにするわけですから、理論的に7割しかエネルギーに変換できません。発電効率を考えると、さらに落ちる。その際の経済負担をどうするのか。

大場 おっしゃるように、天然ガスを変換して持ってくるので、それよりもコストが安くなることはありえません。そうした中でアンモニアには二つの利点があると考えています。日本のLNG供給は液化天然ガスです。現地で液化して、日本で気化して発電する。そこで10%くらいのロスが生じます。その液化コストと受け入れ基地の設備コストがかかります。アンモニアにはその辺のコストを抑えるメリットがあると思います。

それからCO2排出の処理です。日本国内でCCS(CO2回収・貯留)の適地がなかなか見つからない中、調達現地で変換時に出たCO2をその場に埋めることができる。日本はサウジアラビアからの調達を検討しているようですが、サウジという国は油田の国。石油増進回収法(EOR)を進めながら、CCSを実現させる。まさに適地なのです。環境価値を加味すれば、計算上は、既存の火力に匹敵するぐらいのコストパフォーマンスに持っていけると国は試算しているわけです。

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